サクサクとしたものを食べる音や、まな板で食材を切る音から、焚き火や雨の音といった自然の音まで、耳にとって心地よく、ゾクゾクするような快感を感じる音にハマる人が続出しています。このような感覚や反応を「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)」といいます。
一方、特定の音に対して耐え難い嫌悪感を抱いてしまう人が存在するのはご存知でしょうか?
音の好き嫌いには個人差はあれど、ミソフォニア(Misophonia、音嫌悪症・音恐怖症)と呼ばれる医学的な障害の場合もあり、特定の不快な音を耳にしたときに筋肉の緊張や高心拍数などの「闘争・逃走反応」の症状があらわれるといわれています。
以下、ミソフォニアと似た「聴覚過敏」とあわせて、どのような症状なのか、どのような対処法があるのかを詳しく見ていきましょう。
特定の音が「殺意が湧くほど嫌い」との声も
音を出している相手が嫌いだから不快に感じるのではなく、相手が誰であっても特定の音によって激しい感情が引き起こされるのが、ミソフォニアの特徴です。
神経学的な原因があるといわれているミソフォニアですが、鬱病性や不安障害との関係性もあるといわれています。
2014年に南フロリダ大学で行われた大学生を対象した研究では、500人中の約20%がミソフォニアのような症状を呈したという結果があり、程度の差こそあれ、けっして珍しい特性ではないようです。
不快音を耳にした瞬間に引き起こされる感情に振り回され、そのことに苦しむ、これがミソフォニアです。
苦手な音の例
たとえば次のような音が、ミソフォニアを引き起こす不快音といわれています。
- 唇鳴らし
- ズルズルの音立て
- 咳払い
- 爪切り
- 咀嚼・飲用
- 歯磨き
- 呼吸・鼻のクンクン鳴らし
- 会話
- くしゃみ
- あくび
- 徒歩
- ガムをかむことまたはバブルを破裂すること
- 笑い
- いびき
- 飲み込み
- ゴクゴク
- げっぷ
- 義歯のかちっという音
- タイピング
- 咳
- 鼻歌
- 口笛・歌い声・ある子音の音や反復的な音
みなさんも、不快に感じたことがある音が、多少なりともあるのではないでしょうか?
たとえば、黒板を爪でひっかく音は、ほとんどの人にとって不快なので該当しません。あくまで、多くの人には気にならない音を、異常なまでに不快に感じるのがミソフォニアといえます。
ミソフォニアの特性を持つ人は、体のこわばりや心拍数の上昇といったトラウマ症状に近い身体反応を示すことも多く、自制が効きにくいほどの強い不安感や嫌悪感となるのが特徴です。
ミソフォニアと聴覚過敏の違い
音に対する抵抗感については、「聴覚過敏(Hyperacusis)」という感覚過敏の一種に該当するケースもあります。
ミソフォニアと聴覚過敏には、それぞれ次の特徴があります。
- ミソフォニア
- 特定の音に対して不快感があること
- 聴覚過敏
- 大きな音や雑音といった周囲の音に対して苦痛や不快感があること
このように、ミソフォニアが特定の音に対するものであるのに対し、聴覚過敏はより広範囲の音に抵抗を感じる状態です。ミソフォニアが主に神経系の原因があると考えられている一方、聴覚過敏は耳や脳の機能が原因となって発症するとされています。
また、すべての人に該当するわけではありませんが、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動症(ADHD)などの発達障害を持つ人が、聴覚過敏に苦しむことも多いようです。
すでに触れたとおり、鬱症状や不安障害とも関わりがあるといわれており、精神状態によってはいつ誰が悩まされても不思議ではないものです。
ミソフォニアや聴覚過敏への対処法
ミソフォニアにも聴覚過敏にも、残念ながら明確な治療法がないのが現状です。
イヤーマフ(防音保護具)や耳せん、ノイズキャンセリング機能付きのイヤホンやヘッドホン(デジタル耳せん)を利用している人も多いようですが、「あの人はいつもヘッドホンをして、協調性のない人だ」「子どもなのに歩きながらヘッドホンを使わせるなんて」といった偏見に晒されることもあるようです(ここ数年でワイヤレスイヤホンが広く普及してきているので、このような偏見が少なくなることを期待します)。
疲労やストレスがたまっている場合に症状が出やすくなることもあり、筆者もストレスの多い職場で働いていた当時、ミソフォニアのような症状に悩まされていたことがあります。
音の発生源から離れられるのであれば、すぐにそうするのが最善策です。でも、学校や職場といった席が固定されている環境では、逃げ場がなく大変でした。
筆者はタイピング音や咀嚼音に強いストレスを感じるタイプでしたが、そのつもりはなくとも「相手への批判に思われてしまうかもしれない」と、直接伝えることはできませんでした。
聴覚過敏の場合には、聴覚過敏保護用のシンボルマークというものがあり、このマークのついたヘッドホンやバッジ、キーホルダーも市販されています。
ミソフォニアと聴覚過敏は厳密には異なりますが、もし「相手に言葉で伝えることに不安がある」という場合には、それらを利用してみるとよいかもしれません。
聴覚過敏保護用のシンボルマークは、株式会社石井マークが無償公開しているものです。身近で見かけたときは、ぜひ思いやりの心を。
ミソフォニアへの心理学的なアプローチとして、行動認知療法が効果的であるといわれています。
具体的には、マインドフルネスやポジティブな感情との関連づけを訓練することで、不快感を減らす方法です。行動認知療法についてはさまざまな本が出版されているので、参考にするとよいでしょう。もし不快感や嫌悪感が強い場合には、心療内科などで医師のアドバイスを受けるのがおすすめです。
参考:Pub med Cognitive behavioral therapy for misophonia: A randomized clinical trial
まとめ
いかがだったでしょうか?
目には見えず、理解されにくい「音」に関する問題。実は、こっそりと我慢をして不快感に耐えている人が少なくないかもしれません。
テレワークや在宅勤務が少なくなったり、職場での勤務に戻ったりし、久しぶりにたくさんの人と一緒に働く中で、「なんだかストレスを感じる……」という場合もあるでしょう。自宅など静かな環境とのギャップによって、聴覚過敏やミソフォニアのような反応があらわれているのかもしれません。
このように、誰でも「音」に関する問題を抱える可能性があると考え、常にイヤホンやヘッドホンを着けている人がどのような理由でそうしているのか、ある人が同僚と一緒にランチに行きたがらない理由はなぜか、席の変更を希望した人の理由はなぜかなどを、聴覚過敏やミソフォニアの観点から考え、いっそうの配慮を心がけてみてくださいね。