ここ数年で、ジェンダーハラスメント(gender harassment)、略して「ジェンハラ」という言葉をよく耳にするようになりました。
ジェンダーハラスメントは、性に関する固定観念や差別意識にもとづく言動のことです。男性から女性に対する行為だけでなく、同性間、性的指向や性自認が異なる者との間で起こる場合もあります。
ジェンダーハラスメントが強く認識されるようになった社会背景として、女性の権利拡大や、LGBTなどのセクシャルマイノリティの権利保障、SOGI(性的指向・性自認)にもとづく差別撤廃などの国際的な取り組みがあります。
日本でも、男性の同性愛を扱ったテレビドラマ『おっさんずラブ』が話題になりましたし、LGBTを公言しているタレントや、いわゆるオネエ系タレントがたくさんのテレビ番組で活躍しています。このように、LGBTやSOGIの理解が進んできている印象がある一方で、身近な話題として真剣に考えたことがある人は、まだまだ少ないのではないでしょうか。
この記事では、ジェンダーハラスメント(ジェンハラ)に関する注意点を、身近な具体例を交えながら解説します。
職場で起こるジェンダーハラスメント
男女のどちらか一方が圧倒的に多い職場では、他方への配慮や遠慮なしに性的な発言をするケースが多いようです。また、男性と女性の役割が固定されている職場では、それぞれに「男らしさ」や「女らしさ」を当然のように求めるため、ジェンハラが起こりやすいといえます。
具体的には、次のような行為が職場でのジェンハラに該当すると考えられます。
- 男らしさを過度に強調し、力仕事を一方的に負わせたり、態度や仕草に力強さを求めること(「男なのに」「男のくせに」)
- 女らしさを過度に強調し、社内の雑用を一方的に負わせたり、態度や仕草に柔和さを求めること(「女なのに」「女のくせに」)
- 男性が女性を指して「うちの子(娘)」と呼んだり、「おばさん」「ばばあ」と呼んだりすること
- 性別にもとづき、年齢、容姿や体型、服装などを揶揄すること
- 性別にもとづき、恋愛や結婚、出産の話をしつこくすること
年齢が高いほど、性に関する固定観念が強く、意識的にも無意識的にもジェンハラに当たる発言をしてしまう傾向があるでしょう。また、特に男性から女性に対するジェンハラは、男尊女卑などの差別意識が背景にある可能性があります。
セクハラとジェンハラの違いは?
セクハラは、性的な言動による精神的・身体的な苦痛や嫌がらせのことであり、主に異性(男女)間で起こります。
厚生労働省の指針によれば、職場において労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したり抵抗したりすることによって解雇、降格、減給などの不利益を受けること(対価型セクシャルハラスメント)や、性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に重大な悪影響が生じること(環境型セクシャルハラスメント)が、セクハラに該当します。
異性間のジェンハラの例
あらためて、ジェンハラは、性に関する固定観念や差別意識にもとづく言動です。たとえば、
- 男性から女性に対する「スカートを履かないの?」「子どもは産まないの?」という発言
- 女性から男性に対する「このくらいの荷物を持てないなんて、男なのに情けない」という発言
などが挙げられます。
どちらも、女性はこうあるべき、男性はこうあるべきという固定観念が背景にあると考えられます。
同性間のジェンハラの例
ジェンハラは異性間だけでなく、同性間でも起こります。たとえば、
- 上司から部下の男性に対する「男なのに、酒が飲めないの?」「男のくせに、弱音を吐くな」といった発言
- 女性同士での「せっかく若いんだから、いい男をつかまえて結婚して子ども産まなきゃ」「胸が小さくてかわいそうね」といった発言
などがジェンハラに該当します。
LGBTとSOGIに関するジェンハラ
LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった略語で、「セクシャルマイノリティ」と同義的に使われることもあります。一方、SOGIは「Sexual Orientation and Gender Identity」の略で、どの性別を好きになるかという「性的指向」と、自分の性別をどう認識しているかという「性自認」を組み合わせた言葉です。
したがって、SOGIのほうが広い概念であり、従来の男女間の異性愛はもちろん、「LGB」を含む多様な性的指向と、自分はどのような性別で生きたいのか、どのような性別で他者から扱われたいのかという性自認を包括した言葉です。
なお、性自認としては、従来の男性と女性や「T」(トランスジェンダー)だけでなく、性自認が男性にも女性にもあてはまらない「X」(エックスジェンダー、英語ではQueer)、性自認が自分でもわからなかったり、不確定だったりする「Q」(クエスチョニング)、外性器や遺伝子などが男女未分化の人を指す「I」(インターセックス)などがあります。
さて、社会的にはLGBTのジェンハラが話題になることが多いので、それらを念頭において考えてみましょう。次のような言動が、LGBTに関するジェンハラに該当すると考えられます。
- 女性っぽい仕草や服装の男性が、「ホモ」や「オカマ」といわれた
- 恋愛対象が同性であると発言した女性が、「気持ち悪い」といわれた
- 上司に自分が同性愛者であると打ち明けたら、仕事の機会を減らされたり、部署を変えさせられたりした
このような言動は、LGBTやSOGIのいかんに関わらず、他人の尊厳を傷つけるものです。ジェンハラの多くが、自分の考えや価値観を他人に押しつける態度や、他人の考えや価値観を受け入れない狭量さに起因していると考えます。
まとめ
最後に、ジェンハラを防ぐために心がけたいことは、次の5つです。
- 男のくせに、女のくせに、という発言をしない
- 恋愛や結婚、出産について、自分の考えを他人に押しつけない
- 自分の性に関する固定観念や差別意識を省みる
- SOGI(性的指向・性自認)に関する多様な考え方を尊重する
- SOGI(性的指向・性自認)に関わらず、人としての能力や魅力に目を向ける
筆者の体験として、中学生のころ、3歳上の高校生の姉にゲイの友人がおり、家によく遊びに来ていたことを思い出します。
当時は、男性の同性愛者も、単に女装が趣味という男性も、総じて「オカマ」と呼ばれることが一般的であり、本人も自分のことを「オカマ」と呼んでいました。その後、職業上の呼び名として「ニューハーフ」、キャラクター的な呼び名として「オネエ」という言葉が一般的になり、現在では「オカマ」という言葉は廃りつつあります。
さて、実はそのゲイの友人は、当時とても人気のあったテレビ番組に出演したりと、高校生でありながら、タレントとしても活躍していました。いまでいう「オネエ」的な高校生としてです。現在は、その話芸や才能を活かして、地元で飲食店を経営しているようです。
個人的には、そのころも現在も、他人のSOGI(性的指向・性自認)について強い関心はなく、「人それぞれ」としか考えていない、というのが本音です。もし仲のよい友人や職場で一緒に働く人がLGBTであったとしても、「ああ、そうなんだ」としか思いません。
それでもなお、未婚の友人に対して無遠慮に恋愛事情を聞いてしまったりと、もしかしたら相手がジェンハラと感じるような言動を行っているかもしれません。性的指向について、男女間の恋愛を前提に、画一的な価値観のもとで話をしたり、相手に問いかけたりしていることも多分にあるでしょう。
とはいえ、恋愛観などを本音で語り合うことが、友情を深めるきっかけになることもあるはずです。相手が求めること、求めないことに気づかいながら、お互いをよりよく知るために会話を重ねること。そのために、ジェンダー問題への理解が役立つと思っています。