日本の商慣習として、商談や打ち合わせのときに音声を録音するのは一般的ではありません。しかし、場合によっては「録音したほうがよいかな?」と考えたことがある人は、意外と多いのではないでしょうか。
たとえば、
- 口約束によるトラブルを避けたい
- 「言った、言わない」などの事実誤認が生まれそう
- 要件や仕様の話し合いで、メモが追いつかない
などが理由です。
いわゆる「性善説」や「性悪説」的な視点は横に置いたとしても、「いつ、どこで、誰が、どのような発言をしたのか」をトラッキングできるようにしておくことは、仕事をスムーズに進める後押しとなります。
筆者はフリーランスのエンジニアとして長く働いてきました。最近では、働き方改革や副業解禁などの動きもあり、フリーランスとして働くことが現実的な選択肢となっている人が増えています。
そこで、フリーランスとして働くにあたって欠かせない習慣として、音声録音が必要な3つのケースをご紹介します。
1. 契約
仕事を進める上でとても重要なことに「契約」がありますが、フリーランスとして働いているとおろそかになりがちです。
企業に属していれば、法務部や弁護士、同僚などが対応してくれる契約書のやりとりも、フリーランスは自分でやらなければなりません。
しかし、契約書を用意することを億劫に感じてしまったり、プロジェクトが流動的で契約書を作るタイミングを逸してしまったり、相手に遠慮をして契約の話をなかなか切り出せなかったり、ということがあるでしょう。
そのような場合は、音声録音が有効です。
民法では、口約束も契約として成立します(お金や物の貸し借りなど一部の契約を除く)。商談内容を録音しておけば、その口約束がトラッキングできるものとして残せます。
契約条件を意識した会話をし、音声を録音しておけば、契約書に代わる役割を果たすことを覚えておきましょう。後述のとおり、メモや議事録としてまとめておくとベターです。
なお、契約の締結については、企業側から話があるのが通常です。しかし、いつまでたっても契約の話が出ない場合はどうでしょうか。担当者が単に忘れているケースもありますが、実は「うやむやにしておいて、何かあったら関係を絶とう」と考えている可能性も否定できません。このことは、頭の片隅に置いておきたいところです。
2. 議事録
フリーランスとして働くにあたって、商談や打ち合わせの中で相手の話が変わっていくことがよくあります。決して悪い意味ではなく、要件や仕様などを詰める過程で、作業項目や工数が変わることがあるからです。
ただし、フリーランスの立場は、企業に対してどうしても弱い面があり、お客さん判断によって変わったことが、最終的に自分のせいにされかねないのは、偽らざる事実です。認識のズレが重なったり、確認すべきことを忘れていたりした結果、このような事態が生じる可能性があります。
このような事態を防ぎ、お客さんと良好な関係を保ち続けるためにも、打ち合わせ内容のメモや議事録を残すことを心がけましょう。
メモや議事録は、自分の記録用としてだけではなく、なるべく速やかにお客さんにメールなどで送るとよいでしょう。もし返答がなくても、相手がメールを受信し、特に異論をとなえなかったという記録によって、内容に同意し了承したものとみなせるからです。
どうしても議事録を作るのがむずかしいケースや、そもそも議事録を作るための記憶の助けとして、音声録音が有効です。
3. 要件定義や仕様などの合意
打ち合わせで大切なのは、合意(コンセンサス)を形成することです。
大枠の部分は契約(書面であれ口頭であれ)で決めることができますが、スピード感が求められるプロジェクトや、社会情勢に合わせた柔軟な判断が必要なプロジェクトでは、要件や仕様など細かな部分までは決めきれないのが正直なところです。
このようなプロジェクトでは、打ち合わせの際の音声録音によって合意を蓄積するとよいでしょう。もちろん、回を重ねるごとに内容や対象が変わっていくとしても、いわば「バージョン管理」のように経緯をたどれるからです。
特に流動的なプロジェクトであれば、録音した音声や、録画したオンライン会議の動画をそのまま関係者に共有することで、議事録の代わりにすることもできます。
まとめ
常に自分は良好な関係をお客さんと作り、信頼関係を築ける自信があるので、録音までしなくても問題はないと思う人もいるでしょう。
双方の関係が良好なうちは、契約や合意の中身が問題にはなりにくいものです。しかし、いつ何が起こり、関係が悪化するかはわかりません。
たとえば、先方の担当者ではなく、その上司の判断によって、プロジェクトが大きく変えられてしまったり、最悪の場合、ひっくり返されてしまったりといったことは、不幸ながらありえます。また、プロジェクト完了時の不当な値引き交渉もよく聞く話です。
このようなケースでは、
- それまで稼働した分をきちんと認めてもらえるのか
- 要件や仕様がどの程度まで決まっており、どこまで達成されているのか
- 必要な作業項目について、双方の合意が得られていたのか
などを判断する際に、契約や合意の中身や経緯が問われることになります。
また、「言った、言わない」「覚えている、覚えていない」という議論になった場合、精神的にも大きな負担になります。「録音した音声があれば」と悔やむことがありえるのです。
いまはスマートフォンひとつあれば録音できますので、手間はかかりません。
さて、録音をスマートに行う方法として、「聞き間違いのないように」「議事録を作るので」と断りを入れれば、特に問題なく了解してもらえるはずです。実際に、聞き直しや議事録作成のために録音データを使うのですが、上記のような不測の事態にも役立つということを、心のどこかで意識しておきましょう。
商談や打ち合わせの際に録音を心がけることは、自分の精神を守るためにも大切なこと。このように考えてみてはいかがでしょうか。