ドクターハラスメント(doctor harassment)、通称「ドクハラ」という言葉をご存知でしょうか?
医師をはじめとした医療従事者から患者への暴言、威圧的な行動・態度・雰囲気などを指す和製英語で、たとえば次のような発言が該当します。
- 「病気になったのは日頃の行いが悪いから」
- 「いい年だけど、本当に妊娠したことないの?」
- 「虫歯だらけの汚い歯だな」
- 「不満があるなら退院してくれ」
近年では、SNSの普及やインフォームドコンセント(治療について、患者本人が必要な情報を説明され、理解した上で、選択・同意・拒否をすることができること)の浸透により、患者の声を無視・軽視することが難しくなっています。
しかし、治療の難しい病気であったり、地方で病院が少ないなど、治療を受けられる病院・医師について患者側に選択肢がなく、まだまだ存在するハラスメント医師(や医療機関)に逃げ道を塞がれて困っている方が存在するのです。
ドクハラの定義
前述のとおり、ドクターハラスメントとは、医師だけではなく医療従事者から患者への暴言、威圧的な行動・態度・雰囲気などを指します。
ドクハラを行う傾向にある医師の具体例は、以下のとおりです。患者の気持ちを考慮しない心ない言葉のほかにも、病院の利益を優先した治療を行うことやセクシャルハラスメントにもあたる言動なども含まれます。
ドクハラ医師の7分類
Wikipediaのドクハラ医師の7分類がわかりやすいので、以下に引用します。
1. 医師失格型
サディスティックに患者の心を傷つけ、無力化・孤立化を狙う。
- 大学病院などで、患者を「サンプル」「データ」扱いする。
- 手術後の女性に対し「こんな身体じゃお嫁にいけないね」、落ち込んでいる患者に対し「そんなくよくよした性格だから病気になるんだ」
- 「私が信用できないなら他へ行って」などの発言や不適切に怒鳴る、誤診を疑いセカンドオピニオンを求めた患者が戻ってくると「どうしてそんな所に行ったんだ」等、患者の自由な選択権を無視する。
- 「私の言うことがわからない」「ちゃんと学校で勉強してきたのか」「改善する気ないのか」等、能無しとして扱い、最終的には診察、再来を打ち切りにして病院に来させなくしてしまう。
2. ミスマッチ型
患者の状況を理解せずにちぐはぐな言動をする。知らずに傷つけてしまうのがこのタイプである。
- 妊婦に対し、出産で苦しい状況下で「昔だったら死んでたよ。良かったね」
- 「もう子供は作らないだろうから子宮はいらないでしょう」
3. 脅し型
知識の差を盾にし、脅して治療に服従させる。自分の診断に自信のない医師ほど脅す傾向があるという。
- 「急いで手術をしないと治らないよ」、「(目が)見えなくなってもしらんぞ」「全摘手術じゃなければ死ぬよ」「この間の(同じ症例の)患者は死んだよ。あなたも同じことになるだろうね」「この治療をしなければ死ぬ」
- QOLを選び抗がん剤を拒否した患者に「死んだらQOLもなにもないでしょう」等(法的に護られている患者の「自己決定権」を尊重しない)
4. ゼニゲバ型
患者の治療や回復よりも病院の利益を優先する。
- 必要のない手術や治療に検査、高額な保険外治療も必要不可欠かに見せかけ薦める。または、説明なしで強行する(医師法に基づき、医療を提供するにあたり「医師の適切な説明の義務」を怠る)。判断能力のある患者本人から同意を得ずに家族から同意を得て勝手に治療や検査を行なう(判断能力のある患者の場合、本人に選択権および自己決定権がある)。
- 薬を大量に出すが、薬の説明は一切しない。不必要な薬を処方する。
- 「老人は金にならないから早く退院させよう」
5. 子どもへのドクハラ型
子ども自身や、子供の治療時に親に向かって行う。
- 食欲がない子供に対し、「食べなきゃ死ぬよ」など怖がらせる。
- 「母親がそんなだから子供が病気になるんだ」「お子さん嘘ついてるでしょ? 愛情不足でも痛いっていいますし」「育て方が悪い・母親失格」等。
6. セクハラ型
産婦人科などで女性を傷つけるドクセクハラ
- 乳ガンの触診で「大きいおっぱいして」、「帝王切開だったから、まだ(膣の)しまりがいいな」
- 「遊んでいるからこんな病気になるんだよ」、容姿があまり良くないと思う患者に対し「妊娠するような覚えないでしょ?」など。
- 流産のケースで「あーもう死んでますねー。心臓動いてないし」「お子さん、女の子“だった”ね」等。
7. 告知型
患者やその家族を絶望の淵に突き落とす。
- 治る可能性のない患者に対し「どうせ助からないんだから無駄なことはしない」や、治る可能性のある症例に対し「もう一生(絶対)治らないよ」等絶望に追い込む発言をする。医師によるモラルハラスメント。
- 「死にはしないけど、長生きはしません」「もって一年ですね。長生きしたんだから寿命です」等。
ドクハラと裁判
ドクハラを受けたかどうか、また、どのくらい不快に感じたかは患者の主観によるとはいえ、近年では医師専用の電子掲示板やブログを通じ、医師からの医療事故の被害者や支援者への個人攻撃、中傷、診療録の無断転載などが目立つそうで、遺族や支援者が精神的な被害を受けるという例も。
しかし、法律上の取り扱いでは「正当な医療行為・必要な指示等については、民事・刑事とも責任は問われない」とされるケースが多く、「医療上の必要性を超え、患者の心にトラウマ(心的外傷)を負わせた」ということがない限り、立件は難しいようです。
過去の裁判事例としては、
- 精神科の患者が、医師からの言動が理由でPTSDになったとして、損害賠償請求を行ったケース(高裁では損害賠償請求が認められたが、最高裁判決で因果関係が否定され、請求が認められなかった)
- 自律神経失調症で休職中の人が、産業医との面談で受けた言動によって症状が悪化したとして、損害賠償請求を行ったケース(損害賠償請求が認められ、60万円の支払いが命令された)
などがあります。
ドクハラの原因
ドクハラに限らず、ハラスメントが起きる背景には、コミュニケーション不足やコミュニケーションギャップ(相互の価値観や理解が異なることによる情報の食い違い)があるといわれています。
OECD(経済協力開発機構)の発表によると、日本の病床数は人口1000人当たり13.0床です。米国2.9床、ドイツ8.0床のため、日本の医師1人当たりの外来患者数は諸国に比べて多いといえます。そのため、患者一人一人にかける診療時間が短く、どうしても説明が不足してしまったり、忙しさから説明がそっけなくキツい印象を与えてしまうこともあるようです。
医療業界でもドクハラの問題については取り組みが進められています。近年では医学部でもドクハラ防止のための教育が積極的に取り入れられるようになっており、相談件数も減少傾向が見られるようです。
ドクハラを受けてしまったら
もしドクハラを受けてしまった場合には、決して一人で悩まずに、家族など周囲の人、各種窓口や弁護士に相談しましょう。
各種相談窓口
- 病院の相談窓口
まずは、通っている病院の相談窓口に相談してみましょう。
匿名で意見が送れる投書箱や電話番号、メールアドレスが用意されている病院などもあります。
院内の掲示や、病院のウェブサイトを確認してみるのがおすすめです。 - 医療安全支援センター
医療法第6条の13の規定に基づき、都道府県や保健所を設置する市・特別区に設置されている医療に関する苦情・心配や相談を受け付けている窓口です(日本全国で380箇所以上)。
病院とは別の機関のため、中立の立場で相談に乗ってもらうことができます。
医療安全支援センター - 都道府県の「患者の声相談窓口」
各都道府県や市区町村ごとでも相談窓口が設置されている場合があります(たとえば、東京都福祉保険局)。
お近くの都道府県や市区町村名と、「患者の声相談窓口」で検索をしてみましょう。
相談時に必要な証拠集め
ドクハラに限らず、ハラスメントの相談の際には「客観的に見て、明らかにハラスメントの被害を受けている」と判断できる具体的な証拠が必要です。
- ハラスメント被害に関する日記やメモ
- 証人による目撃証言
- 録画された映像や録音された音声
- 診断書(ハラスメントによって受けた精神的苦痛の治療を証明するための診断書)
……など
医療機関に関するハラスメントの場合には、「正当な医療行為・必要な指示」だったのかが非常に大きな争点となるため、ハラスメントを受けた際の医院のカルテの開示が必要となる場合もあるようです。
ハラスメント被害に関する日記やメモ、録音にあたっては、スマートフォンの無料アプリを使うと便利です。無料のAI録音アプリ「Voistand」では、録音した音声が自動でカレンダーに紐づけされ、AIによる文字起こしデータや、録音場所の位置情報も記録されるため、データの管理や振り返りがとてもしやすくなります。
iOS(iPhone/iPad)版とAndroid版がありますので、以下からダウンロードをしてお使いください。
iOS版(App Store) | https://apps.apple.com/jp/app/id1544230010#?platform=iphone |
Android版(Google Play Store) | https://play.google.com/store/apps/details?id=com.voistand.app |
よい病院・医師の選び方
ケガや病気になった上、ドクハラと戦い続けることは容易なことではありません。もし転院が可能な場合は、別の病院を探すのが一番の対処法でしょう。
病院の評判や口コミをまとめているサイトなどもありますが、自分で適切に判断するためのポイントを持っておくことも大切です。
林 寛之著『年間2万人が訪れるER(救急)医が教える医者でも間違える病気・ケガ・薬の新常識』を元に、栃木県宇都宮市の「よしざわクリニック」がブログ内で紹介してた「信用できる医者の見分け方」が非常にわかりやすいので、一部を引用します。
1 話をすぐに遮らないこと
本当に重要なサインを見逃さないためにも、
自由に患者さんが意見を言う環境は、いい診断のためには不可欠なものです。2 わかりやすい用語を使い、感動と納得をさせてくれること
3 すぐに怒らないこと
真摯な医者は、わからなことはわからないと正直に答えて、
「いい加減なことは言えないので、次の診察までに調べておきますね」
「その分野の専門医を紹介しますね」などと答えるものです。4 薬の説明をキチンとしてくれること
とくに6剤以上の内服をしている高齢者は、
特に有害事象が多いとされています。
したがって薬が多すぎないように注意している医者は信用できます。5 病気の経過の予想を話してくれること
最初から診断がつくとは限らず、また、病状は推移するものです。
疾患によっては数ヶ月も時間経過を見ないと絶対に診断のつかないものもあります。
正しい診断には、経過を見ることも大切です。
つまり、今の見立てにおける病気の経過予想を話してくれ、
それが外れた場合は、病院に来るように説明してくれる医者は信用できます。6 医療費に気配りのあること
7 自分自身も健康管理に気を配っていること
まとめ
ドクハラは医師や医療機関の信用低下に直結します。また、就転職時にも口コミサイトやSNSで情報収集をする人が増えましたし、悪い噂は内部から告発されることも。ドクハラの噂が流れてしまえば、経営上の問題だけではなく、職員確保にも影響を及ぼします。セカンドオピニオンが推奨される昨今、ドクハラは時代の流れと共に自然淘汰されていくのかもしれません。
しかし、冒頭のとおり、治療を受けられる病院・医師の選択肢が患者側にない場合、ドクハラは患者の心身に大きな負担を与え、PTSDにつながる可能性すらあります。
一方で、病気によって不安や心配が大きくなり過ぎ、心が過敏になっている場合には注意が必要です。患者や家族からの医療関係者へのハラスメント「ペイシェントハラスメント」や「モンスターペイシェント」といった行き過ぎた行動になってしまわないように、また安心して治療に専念するためにも、悩みをひとりで抱え込まず、まずは「いつ何が起きたか」を記録し、身近な人に相談することから始めてみましょう。
過去記事:診察を拒否されることも!? 患者や家族からの医療関係者へのハラスメント「ペイハラ」とは?
参考:LEGAL MAIL「ドクターハラスメントとは? 対策のポイントを弁護士が解説」
参考:AERAdot「院長が“お山の大将”だから…いまだ続く「ドクハラ」の実態」