近年、職場でのハラスメント防止のための法整備が進む一方、大手企業や自治体でのハラスメント事例が相次ぐなど、社会全体でハラスメントに対する意識がかつてないほど高まっています。このように、コミュニケーションに「配慮が求められる時代」において、実際に職場の実態やビジネスコミュニケーションはどのように変化しているのでしょうか。
総合マーケティングリサーチ会社の日本インフォメーション株式会社が、全国の有職者1,015名(23~65歳、男女)を対象に実施した「ハラスメントに関する調査」(2025年3月実施)のデータにもとづき、現代の職場で起きている大きな変化と、企業が取り組むべき新しいコミュニケーションのあり方について解説します。
データ出典:日本インフォメーション株式会社「~配慮が求められる時代のコミュニケーション実態~ハラスメントに関する調査」(2025年5月8日)
ハラスメント意識の高まりによって「働きやすさ」が向上
ハラスメントに対する意識の高まりが、職場環境にポジティブな変化をもたらしていることが明らかになりました。
ハラスメント行為の認知率は、全体では「セクハラ」が67.3%、「パワハラ」が67.0%と上位。昨今話題の「カスハラ」は56.7%と、前回から12.8ポイント上昇しています。また、上位のハラスメント行為は男女それぞれ年代が高い層ほど認知率が高めです。これは、社会経験が長くなるほど、ハラスメントを経験したり、自分事として考えたりする機会が増えるからでしょう。
調査では、ハラスメント意識の高まりによって「働きやすさ」がどう変化したかも尋ねています。
全体の61.4%が「働きやすくなった」と回答。これは前回調査(2024年)の55.8%から5.6ポイントの上昇であり、社会的な意識の変化が職場に浸透し、実際に環境改善につながっていることが伺えます。
働きやすさに「ジェンダーと世代間ギャップ」あり
しかし、「働きやすくなった」という実感には、性別や世代によって大きな差が見られました。
女性は、各年代で6割以上が「働きやすくなった」と回答しており、特に女性30代では70.3%と高い値を示しています。
一方、男性は、若年層(20代では72.0%)では「働きやすくなった」との回答が高いものの、年代が上がるにつれて、むしろ「働きにくくなった」という回答が増加し、50代・60代では5割を超えています。
この結果から、ハラスメント防止の動きは、特に女性や若年層が安心できる環境づくりに貢献した一方で、これまでの古い職場文化を経験してきた中高年男性にとっては、従来のコミュニケーション方法が通用しなくなり、逆に「働きにくさ」を感じる要因となっていることが浮き彫りとなりました。
「会食・飲み会文化の衰退」があらわに
ハラスメント意識の高まりは、具体的なコミュニケーション行動にも大きな影響を与えています。全体の43.4%が「職場でのコミュニケーションに変化があった」と回答しています。
この変化の中で、もっとも顕著に見られたのは「会食や飲み会文化の衰退」です。
- 職場の人を食事会や飲み会に誘うことは「減った」が37.3%
- 職場の人との食事会や飲み会に参加することは「減った」が36.5%
- 取引先など社外の人との会食や接待への参加は「減った」が32.0%
- 取引先など社外の人を会食や接待に誘うことは「減った」が31.5%
という結果となり、会食や飲み会が倦厭される時代になっているようです。
2020年から続いたコロナ禍の影響を引きずっている可能性もありますが、アフターコロナになって数年たった現在でも、社内・社外を問わず会食や飲み会は積極的には行われない状態が続いています。
また、注目すべきは、会食関連の付き合いが「減った」だけでなく、その減少を「良いこと」と評価する声が上位に入っている点です。これは、社員のプライベートな時間に踏み込むことや、アルコールを伴う場でのコミュニケーションが、ハラスメントリスクや社員への精神的負担につながると考える人が増えたことを示しています。
唯一増えたのは「テキストコミュニケーション」
軒並み、コミュニケーションの機会や時間が「減った」という項目が多い中、
- メールやチャットなど文章でのコミュニケーションは「増えた」が20.6%(「減った」が13.8%)
となっており、唯一「増えた」が「減った」を上回りました。
この傾向は、特に男女の若年層で顕著であり、職場でのやり取りが、非対面で記録が残る形式へと移行していることがわかります。さらに、直接的なコミュニケーションによる偶発的なハラスメントへの恐れや、「言った言わない問題」を避けたいという心理の現れと見ることもできます。
多様化する「〇〇ハラ」。広がる配慮の境界線
既存の「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」「カスハラ」などの認知率は依然として上位ですが、この調査では自由回答として、ハラスメントに該当しそうなものを「◯◯ハラ」として答える、という設問もありました。
次のような回答から、既存のハラスメントにはない、新しいハラスメント意識の芽生えが垣間見えます。
- 飲食に関する行為「メシハラ」「喰いハラ」「食べハラ」「飲みハラ」など
- 趣味嗜好に関する行為「推しハラ」「大谷ハラ」
- 世代に関する行為「じじハラ」「シニアハラ」
- 技術に関する行為「録音ハラ」「写ハラ」「スマハラ」
これらの新しい「〇〇ハラ」の例は、個人の価値観やライフスタイル、デジタル機器の利用法など、よりプライベートで細かい領域にまで「配慮の境界線」が広がり続けていることを示唆しています。
まとめ
ハラスメント意識の高まりは、職場にポジティブな変化をもたらし、特に女性や若年層にとって「働きやすい」環境を構築する強力な推進力となっています。
同時に、職場コミュニケーションは形式や頻度が激変し、従来のコミュニケーションスタイルに慣れた中高年男性が「働きにくさ」を感じるという新たな課題を生んでいます。
企業がこの「配慮が求められる時代」を乗り切るためには、以下の取り組みが不可欠です。
- 会食・飲み会文化からの脱却
飲酒や夜間の会食に頼らず、「業務時間内」で信頼関係を築くコミュニケーション手法を確立する - デジタル・非対面コミュニケーションの質の向上
テキストでのやり取りが増加しているため、誤解を招かないように、明確で配慮ある文章スキルを社員に求める - 顔が見えるコミュニケーションの再評価
対面(またはオンライン会議)での「顔が見える状態でのコミュニケーション」は「増えたことが良い」と評価されており、効率と配慮を両立する手段として、質の高い対話の場を設計する
時代とともに、求められるコミュニケーションのスタイルは変化しています。多様な社員が安心して働けるよう、新しいルールにもとづいた職場文化の醸成を急ぐ必要があります。