自分が社内でパワハラを受けたとき、あなたならどうしますか?
そして、あなたの周りでパワハラが起きていると気づいたとき、どのように行動しますか?
今回は、実際にパワハラ被害に合ったYさんの体験談をご紹介します。
Yさんのプロフィール
- 年齢:38歳(当時)
- 性別:男性
- 業界:IT業界
- 職種:ディレクター(管理職)
- パワハラを受けた期間:8か月
- パワハラをしてきた相手:勤めていた会社の社長
- 会社の構成メンバー:社長、Yさん、20代社員3人
すべては、会議室に呼ばれた日から始まった。
転職の意志を知られたことがきっかけに
── パワハラを受けるようになったきっかけとして、思い当たることはありますか?
Yさん:転職しようと考えていることを知られたころから、私に対する態度がおかしくなりました。それまでは、私のことをむしろ気に入ってくれていると思っていたのに、急に冷たくなったんです。
── 具体的には、どのようなことをされたのですか?
会議室に呼ばれて、暴言を吐かれました。「ふざけるな。死ね」「この業界で生きていけなくしてやる」と。あからさまな暴言はその後、2、3回ぐらいですが、顔を合わせるたびに嫌味を言われました。さらに、思い当たることがないのに、査定で私への評価が急降下しました。
仕事の面でも、いろいろされましたよ。まず、それまでは私にすべての裁量が与えられていたのに、男性の若手社員の一人をアシスタントとしてあてがわれました。私の行動を逐一監視し、報告させるためです。
社内の会議にも呼ばれなくなりました。私が外出している間に、他のメンバーだけでしれっと会議をやっていたんです。もちろん、その場で決定したことや連絡事項が私に伝えられるわけがなく、仕事を進めるうえでも支障が出て、非常に困りました。
後輩による監視と、社長への密告
── なぜ、アシスタントが付いたのは「Yさんを監視するため」だと思ったのですか?
私も、はじめは監視のためだなんて考えてもいなかったんですよ。「アシスタントが必要なほど手が足りていないわけではないのにな」と思ったぐらいで。
ところが、それからというもの、社長が本来は知らないはずのことを私に指摘してくるようになったんです。それもかなりの頻度で。そういった指摘がことごとく、社長がいない場で、アシスタントの彼と交わした会話の中身であることに気づいたとき、監視されているのだとわかりました。
── パワハラの影響は体調にも表れましたか?
はい。パワハラを受ける前より5キロ以上痩せました。私はストレスがあると過食に走るタイプなので、食べる量は増えていたはずです。お酒も、毎晩のようにかなり飲んでいました。それなのに、げっそりと痩せたんです。
それから、眠りが浅くなりましたね。当時は、毎晩うなされていたような記憶があります。
ICレコーダーで証拠集め。心の支えにもなった。
ICレコーダーを2台購入して使い分け
── パワハラを受けるようになって、何か対策を講じましたか?
ICレコーダー(ボイスレコーダー)を買いました。
── なぜICレコーダーを購入したのですか?
はじめは、私が聞かされていない仕事上の重要なことを知りたいと思ったからです。そのうちに「辞職にあたって難癖をつけられたとき、私にとって有利に働く証拠が必要だ。録音したデータは強い証拠になる」と考えるようになりました。
ICレコーダーをパワハラの証拠集めに使う方法は、インターネットで知りました。 いざとなれば弁護士に相談するつもりでいたんです。
── ICレコーダーをどのように使ったのですか?
ICレコーダーは2台用意しました。まず1台を、自分の机の書類の山に隠して、1日中録音状態にしていました。これは、オフィスで交わされる会話をすべて録るためです。
当時、社長はもちろん、部下たちも誰一人、私の味方をしてくれませんでした。陰で何を言われているのかと疑心暗鬼になってしまい、録音せずにはいられなかったんです。
いま思えば、この行為はちょっとやりすぎだったかもしれません。でも、当時は精神的に追いつめられていたので、あれこれと考える余裕がありませんでした。
2台目は、常にジャケットのポケットにしのばせていました。社長にいつ暴言を吐かれても録音できるようにです。
ICレコーダーと並行してスマートフォンのボイスメモも使っていました。2台目のICレコーダーを使っているうちに気づいたのですが、ICレコーダーをポケットに入れた状態で録音すると、絹擦れの音が入ってしまって、聞こえづらくなるんです。
幸いにも、業界の性格上、スマートフォンだったら机の上に堂々と出していても自然ですし、手に握りしめたまま社長と会話しても、不審に思われません。実際、録音していても、まったく気づかれませんでした。
ただし、スマートフォンのボイスメモにも弱点があります。電話がかかってくると、自動的に録音が中断してしまうんです。だから、ICレコーダーとスマートフォンの2台持ちを続けていました。
社長からの決定的な暴言の録音に成功
── 1台目で録音したデータは、実際に聴きましたか?
はじめは、すべて聴くつもりでいたんです。でも、1日中録音しているわけですから、倍速にしても3、4時間かかってしまう。とても現実的ではありませんよね。そこで、業務スケジュールと照らし合わせながら、自分が離席している時間帯、かつ、社長がオフィスにいるタイミングに絞り込んで聴くようにしました。
── 録音データを聴き直すのは、つらかったでしょう。
それは、つらかったですよ。聴いているだけで吐き気が止まりませんでした。でも、私がいない場での会話を知らないまま、仲間はずれにされている状況を把握できないほうが怖かったので、聴かずにはいられませんでした。
録音データを聴き終わって、自分のことが話題に出なかったとわかったときの安堵感は、とても大きかったです。
そうやって録音を続ける中、ある日、決定的な瞬間が訪れました。社長から直接、暴言を吐かれ、それを録音することができたんです。
── 社長の暴言を録音できたときは、どんな気持ちでしたか?
落ち込みが半分、うれしさが半分でしょうか。面と向かって暴言を吐かれたら、正直、傷つきます。けれども「死ね」「職に就けなくしてやる」といった労働基準法的には完全にアウトなセリフを録音できたことで、「この材料を持って行くべきところへ持って行けば、万が一、争いになっても勝てる」と思いました。
── パワハラ対策にICレコーダーを使ってみて、どうでしたか?
使って良かったと思います。私と同じような立場に置かれている人には、ICレコーダーを使うことを強くお勧めしたいです。暴言を吐かれている最中でも、「自分はそれを録音している。これで証拠が得られた」と思えれば、心を落ちつかせることができますから。
私の場合は、結果的に弁護士の元へ録音データを持ち込むところまで行かずに退社することができましたが、今後、同じ状況に立たされることがもう一度あったとしたら、迷うことなくICレコーダーを使うと思います。
過去を振り返って思うこと。求めたいこと。
数年後、当時の若手社員にばったりと遭遇
── 壮絶な経験をされましたね。いま振り返ってみて、当時の社長や部下たちに対して、思うところはありますか?
社長のほかに数人しかいない会社でしたので、雇われている立場の若手社員が社長に従わざるを得なかったのは、ある意味で仕方がなかったと思います。彼らがパワハラに間接的に加担して、社内で私が孤立するように仕向けた社長が問題なんですよ。
実は、会社を辞めてから数年後に、当時の若手社員の一人にばったり会ったんです。その際、当時のことを謝ってくれました。「Yさんが社長にパワハラを受けている状況に気づいていながらも、異論を唱えることができなくて申し訳ありませんでした」と。「どうして助けてくれなかったんだ」と腹ただしく、情けなく思ったけれど、謝ってくれたことで少し救われました。
誰もが被害者にも、間接的な加害者にもなりうる
── 職場の同僚など、パワハラの被害者に手を差し伸べないことで間接的な加害者になっている人は大勢いるはずですね。
社内で起きるパワハラは、学生時代のいじめの構図と何ら変わりません。同僚や部下が、パワハラの加害者である上司に「指示されたから」という理由で社員の一人を無視する状況は、先輩や力の強い同級生に「命令されたから」と言って嫌がらせをするのと同じことですよね。
── パワハラの存在に気づいている人に、どのように行動してほしいですか?
もしあなたの周りでパワハラが起こっていて、「見て見ぬふりをしている自分も、加害者の一員なんだ」と気づいたら、もうパワハラに加担しないでほしいんです。被害者をかばうと自分の社内での立場が危うくなるのなら、せめて誰も見ていないところで、被害を受けている人に声をかけてあげてください。
私も、かばってくれなくてもいいから、せめて私にだけ知らされていない情報を、部下の誰かから教えてほしかった。それだけでも、心の状態がまったく違っていたと思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
Yさんの経験は、特別なことではありません。
あなたの周りでも実際に起きているかもしれませんし、あなた自身が今後、被害者になるかもしれません。
もしパワハラ被害について相談する相手がいなくても、音声の録音は現実的な対抗手段です。スマーフォンのボイスメモを使ってもよいし、ICレコーダーを購入してもよいでしょう。
Yさんが頼れる相手はICレコーダーだけでした。でも、周りの誰かが助けてくれたら、状況が少しは変わっていたかもしれません。もしそれが困難であったとしても、Yさんの心の傷を、少しは浅くできたかもしれないのです。
助けをせず見て見ぬふりをしたり、無視に加担したりすることは、間接的な加害者です。パワハラが起こっている現場で、自分は何ができるのかを、一人ひとりがあらためて考えることが大切。そう強く思ったインタビューでした。
そして何よりも、パワハラのない社会になることを願ってやみません。