みなさんは「選挙妨害」という言葉を、一度は聞いたことがあるでしょう。
具体的には、公職選挙法第225条で規定されている「選挙の自由妨害罪」に該当する行為を指します。
2024年4月28日に投開票が行われた衆議院東京15区補欠選挙(台東区全域)では、政治団体「つばさの党」から立候補した根本良輔氏の陣営が、選挙期間中を通じて、選挙活動の自由や言論の自由、候補者本人を中心とした活動であることを理由に、他陣営に対して妨害行為を繰り返したことが話題となりました。
選挙終了から約2週間後の5月13日には、つばさの党事務所、代表の黒川敦彦氏宅、幹事長であり東京15区補選の候補者であった根本良輔氏宅に警視庁の捜査二課(組織犯罪担当)が家宅捜索に入り、5月17日には「選挙活動の一線を超えた」(捜査幹部)として黒川氏、根本氏、組織運動本部長の杉田勇人氏の3人が公職選挙法違反(選挙の自由妨害罪)の疑いで逮捕。5月19日には3人が東京地検に送検されるに至りました。
以下では、東京15区補選でどのような選挙妨害が行われたか、選挙の自由妨害罪が禁じている行為、選挙期間中の取り締まりの不備、有権者の「聞く権利」について、みなさんと一緒に考えたいと思います。
東京15区補選で行われた、
つばさの党による酷い選挙妨害の数々
筆者は選挙期間中、東京15区補選の動向を毎日チェックしていましたが、つばさの党が行った妨害行為の中で代表的なものを挙げると、次のとおりです。
- 酒井菜摘候補(立憲民主党)金澤ゆり候補(日本維新の会)、飯山あかり候補(日本保守党)、乙武洋匡候補(無所属、ファーストの会推薦)、吉川りな候補(参政党)の街頭演説の際、自陣営の選挙カーをすぐ近くに停め、スピーカーや拡声器から大音量で罵詈雑言や誹謗中傷をがなり立て、有権者が候補者の演説を聞くことを妨害した行為
- 上記の候補者などの選挙カーを執拗につけ回し、同様に罵詈雑言や誹謗中傷を発したり、揶揄する言葉を繰り返し大音量で流す行為(特に複数の女性候補者に対して、セクハラ的な発言、卑猥な発言を繰り返すなど)
- 門前仲町にある日本保守党(飯山候補)の選挙事務所前に、つばさの党代表の黒川氏や立候補者である根本氏本人、他のスタッフが「凸る」と称して押しかけ、罵詈雑言や誹謗中傷を発したり、日本保守党側のスタッフにケガを負わせたりした行為
- 乙武氏陣営の荻野稔大田区議が、街頭演説の場で根本氏から肩をつかまれ引き倒されるなど、つばさの党の複数の関係者による粗暴な行為
- 乙武候補の応援者である小池百合子東京都知事の自宅前(練馬区)で、罵詈雑言や誹謗中傷を発するなど、選挙区外の近隣住民に対する迷惑行為
これらのほとんどがYouTube動画で公開されていますので、興味のある方は実際に確認してみてください。
このような妨害行為によって、
- 有権者が候補者や党の考えを聞く機会を大きく奪われた
- 他の候補者側が街頭演説の場所を急遽変更したり、日程を事前に告知できなくなるなど、選挙活動を制限された
- 立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、日本保守党などの各陣営が警視庁に被害届けを提出したり、一部の候補者が健康被害を訴え、同じく被害届けを提出するなど、今後の公正な選挙の実施を危うくした
といった悪影響がありました。
結果として、東京15区補選の投票率は40.70%にとどまり、過去最低となりました。
- 投開票日がゴールデンウィーク中の日曜日であったこと
- 衆議院議員の補欠選挙であったこと
- 秋元司氏、柿沢未途氏と続けて現職議員が逮捕されての補選であったこと
- 自民党の裏金問題で「政治離れ」が起こっていること
を差し引いても、異常に低い投票率だったといえます。つまり、このような選挙活動が地元を舞台に繰り広げられたことに嫌気が差し、投票に行かなかった有権者が一定数いたのではと考えられるのです。
また、より大きな観点から「民主主義の危機だ」と指摘する識者もいます。このような妨害行為がまかり通ってしまえば、各候補によるこれまでのような自由な選挙活動が大きく制限され、有権者に適切な判断材料が提供される機会を奪われ、公正な選挙が成立しなくなるという指摘です。まさに、上記の「悪影響」と符合します。
国会でもつばさの党による選挙妨害が大きく問題視されることに。日本維新の会は5月7日に「選挙の自由妨害罪」の罰則強化を柱とした公職選挙法改正案を取りまとめ、今国会での成立を目指し、与野党に働きかける方針を明らかにしました。
選挙の自由妨害罪の具体的な中身とは?
ここで、選挙の自由妨害罪について規定した公職選挙法第225条を確認しておきましょう。
(選挙の自由妨害罪)
第二百二十五条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。
二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀き棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。
三 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者若しくは当選人又はその関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の利害関係を利用して選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人を威迫したとき。
解説すると、
- 選挙権を持つ有権者(選挙人)
- 候補者(公職の候補者)
- 候補予定者(公職の候補となろうとする者)
- 選挙事務所スタッフ(選挙運動者)
- 実際に選挙で当選した人(当選者)
に対して、
- 暴行や威力(地位を利用した威迫、力の誇示,物の損壊など人の意思を制圧するに足りる力のこと)を加えることや、連れ去ること
- 交通や集会を妨げ、演説を妨害することや、ポスターや配布物(文書図画)を破棄すること、嘘や騙しによって選挙活動の自由を妨害すること
- 上記の人びとに対して、関係のある組織や団体、施設、経済活動などの利害関係を利用して、威力を示して相手を脅し、従わせようとする行為(威迫)を行うこと
を禁じています。
公職選挙法第225条の規定に照らせば、つばさの党は選挙期間中、他陣営の演説を執拗に妨害したことはもちろん、一部の陣営や一般の有権者(選挙人)と暴行などのトラブルを起こしており、選挙の自由妨害罪を繰り返していたことは明らかです。
警視庁は候補者に対する「選挙の自由妨害罪」を問われることを恐れた?
では、なぜ警視庁は、選挙期間中につばさの党による選挙妨害を取り締まれなかったのでしょうか?
これには2019年の参院選をめぐる札幌地裁・高裁の判決が影響しているといわれています。
2019年の参院選では、北海道札幌市で演説中の安倍晋三首相(当時)に対して、ある男性が拡声器で「安倍やめろ、帰れ」と連呼、別の場所の女性が「増税反対」と叫んだことから、北海道警の警察官が後方に連れていったところ、「憲法が保障する表現の自由を侵害された」として、男女が北海道に慰謝料など計660万円の損害賠償を求めました。
2022年3月、札幌地裁の広瀬孝裁判長は「2人の表現の自由などが違法に侵害された」とし、道に計88万円の支払いを命じましたが、その後、北海道が控訴。2023年6月、札幌高裁の控訴審判決では、大竹優子裁判長は女性について表現の自由などの侵害を認め、道に55万円の賠償を命じ(地裁の判決を維持)、男性については警察官の行為は適法だったとし、請求を棄却しました。
札幌地裁での一審、札幌高裁での二審の判決が、「周りの聴衆が聞く機会を毀損されるほどの悪質なヤジを発する人でも、警察がむげに排除することができない」という、いわば警察の「足かせ」になっているといわれているのです。
実際に、警視庁はつばさの党に対して選挙期間中は「警告」を出すにとどめ、取り締まりや逮捕は行いませんでした。4月20日に豊洲市場の観光施設「千客万来」前で行われた小池都知事の乙武候補への応援演説に、警察官やSPが数百名体制で警護したこと、4月21日に飯山あかり候補(日本保守党)の選挙事務所前に機動隊の遊撃車(バス型車両)を派遣したことはありましたが、あくまで間接的な対応であり、直接的に妨害行為を止めるものではありませんでした。
さて、判例という意味では、1948年の最高裁判決で「聴衆がこれを聴き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」を演説妨害(選挙の自由妨害のひとつ)と認定しています。
参考:裁判所「最高裁判例 昭和23(れ)1324 市長選挙罰則違反」
したがって、警察はまだ結審していない札幌高裁の判決ではなく、最高裁判決にもとづき、つばさの党の選挙妨害を取り締まることができたはずです。しかし、選挙期間中は候補者や陣営の選挙違反は取り締まらず、選挙後に取り締まることが慣例となっていることに加えて、つばさの党には候補者本人である根本氏がいたことが事態を複雑にしました。
警視庁は、根本氏らが行っている行為は、候補者による選挙中の自由な活動であり、それを取り締まってしまうと、かえって警察側が「選挙の自由妨害罪」を問われると考えたのでしょう。
選挙期間後に本気を出した警視庁。
特別捜査本部を設置し、逮捕・送検へ
しかし、警視庁は選挙期間中から、他候補の陣営に対して、つばさの党による妨害行為の証拠提出を求めていたようで、選挙後の逮捕までの筋書きを描いていたと考えて間違いありません。さらに、選挙期間中に警視庁から警告を受けたことに腹を立て、城東警察署前で抗議街宣を行った上、署内で書類を叩きつけたり投げつけたりして職員を挑発したこと、来たる7月の都知事選挙でも同様の行為を行うと示唆していたこと、根本氏がある動画の中で「このような選挙妨害をビジネスとして全国に広めていく」と発言したことなどが引き金となり、警視庁の捜査二課に特別捜査本部が設置され、組織犯罪取り締まりとして家宅捜索、そして党関係者3人の逮捕にまで至らしめたと、筆者は考えます。
実は選挙期間後も、つばさの党は日本保守党の百田尚樹党首、有本香事務総長の自宅を特定し、迷惑行為を行っていました。さらに、5月5日に放送された『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、東京15区補選に出馬した乙武氏がゲストとして出演し、自身が受けた選挙妨害の実態を語った際、コメンテーターの田村淳氏がつばさの党に否定的な意見を発したところ、後日、田村氏とフジテレビの港浩一社長の自宅を特定し、街宣活動を行っていたそうです。
なお、捜査二課に特別捜査本部が設置されたのは18年ぶり。数十人体制で捜査に臨んでおり、他陣営に対する演説妨害や選挙カーへの交通妨害が少なくとも計15件に上るとみて、団体の活動実態を調査中です。東京都練馬区にある根本氏の自宅で、動画の撮影役や運転手などを含むスタッフら男女約10人が集団生活を行っている実態が明らかになるなど、政治団体としては異様な姿が報じられています。
あらためて考えたい、有権者の「聞く権利」
東京15区補選で行われた、つばさの党による選挙妨害を批判する声の中に、しばしば「有権者の聞く権利」という言葉がありました。
実際に妨害を受けた乙武洋匡氏は、選挙戦最終日の街頭演説で「じゃまをされて言いたいことが言えなかっただけでなく、各候補の主張を有権者のみなさんがしっかり聞く権利が奪われたのがくやしい」と延べていました。また、先日、つばさの党関係者への家宅捜索の報を受けて、「彼らは『表現の自由』を主張していますが、『自由』とは他者の権利を侵害しないことが大前提です。今回の悪質極まりない一連の行為は、有権者の『演説を聞く権利』を明らかに侵害していました」とXに投稿しました。
選挙における有権者の「聞く権利」は公職選挙法などで明文化されてはいませんが、「演説の妨害禁止」と表裏一体と考えてよいでしょう。すでに述べたとおり、演説の妨害によって「有権者に適切な判断材料が提供される機会を奪われ、公正な選挙が成立しなくなる」からです。
まとめ
今回の東京15区補選は、よくも悪くも公職選挙法の問題点を浮き彫りにしました。
よくいわれることに、「公職選挙法はグレーゾーンが大きく、何をやってはよくて、何をやってはダメなのかを、選挙管理委員会にいちいち聞かなければわからない」「正しいと思ってやった行為が、結果的に選挙違反とされないかどうか不安」という意見があります。また、衆院選や参院選で一定の条件を満たした「政党」と、新たに立ち上がった政治団体(「諸派」として扱われる)では、選挙活動の面で前者が大きく優遇されることや、立候補にあたっての供託金の高さも、政治への参入障壁になっていると指摘されます。
さらに、つばさの党が行ったような酷い選挙妨害を、彼ら自身が今後も続けるかどうかだけでなく、「模倣犯」的に真似する集団が現れないとは限りません。つばさの党の3人が逮捕・送検されたとはいえ、不起訴処分の可能性もあり、もし起訴されたとしても有罪になるかどうか、どのくらいの量刑になるのかは裁判所の判断に委ねられます。個人的にその可能性は低いと考えますが、万一、嫌疑なしまたは嫌疑不十分で不起訴処分になるか、裁判の末に無罪判決が出されたならば、選挙妨害が全国的に横行することにもなりかねません。
政治家の相次ぐ不祥事を見るにつけ、政治不信が募るばかりですが、公正であるはずの選挙までが壊されてしまわないことを強く祈ります。