みなさんは「グルーミング(チャイルドグルーミング)」という言葉をご存知でしょうか?
故ジャニー喜多川氏(ジャニーズ事務所)の性加害問題が話題となる中、その手法として悪い意味で注目を集めているのが「グルーミング(チャイルドグルーミング)」です。
グルーミングが他の性犯罪と大きく違うのは、被害が明らかになったあとも「被害者が加害者をかばう」「加害者にとって都合のよい振る舞いを行い続ける」といった行動をとるケースがある点です。
グルーミングはマインドコントロールの一種ともいわれており、加害者は少年少女に信頼や依存感情を抱かせてから性的搾取を行うため、被害者本人である子供たちが問題に気づきにくい性暴力です。そして、被害が公になった際に周囲からの誤解によって、被害者にセカンドレイプ(被害者にも責任があるという趣旨の発言を受けたり、好奇の目で見られたりすることで、さらなる心理的・社会的ダメージを受けること)が発生しやすい犯罪です。
どのようなシチュエーションでグルーミングが発生し、どのような子供が標的にされやすいのか、なぜ被害者が加害者をかばうのか、といった観点から、グルーミングによる性被害の実態をまとめます。
グルーミング(チャイルドグルーミング)とは?
もともとグルーミングとは「(動物の)身づくろい、毛づくろい」を意味する言葉ですが、性犯罪や性的虐待の文脈では、大人が子供に対してわいせつや性的搾取を目的に近づき、信頼や好意を得てから、命令や脅し、弱みにつけ込んでその子供をコントロールし、性行為や性的搾取を行うことを指します。
グルーミングの中でも、
- 加害者と被害者の社会的つながりが強固な場合
- 加害者と被害者の心理的つながりが強固な場合
の2つのパターンがあります。
性犯罪の被害者支援に携わる川本瑞紀弁護士によると、「グルーミングの事例で多いのは部活動の指導者や塾の講師から被害に遭うケース」だといわれています。
参考:東京すくすく「子どもの性被害につながるグルーミングとは 罪悪感や羞恥心につけ込み支配 SNSで深刻化」
現実で親しい立場の人からのグルーミングでは、加害者は親や周囲といったコミュニティから親しみや信頼を得られるように振る舞い、被害者には「誰も自分が加害者であると信じない」と思い込ませる手法をとることがあります。また、たとえば指導者(先生)と生徒という上下関係のもとでは、指導者の言うことに大きな信頼を寄せる子が多く、「この人のいうことなら間違いない」と思ってしまいがちです。
旧刑法では、性的行為の被害者が13歳以上で、加害者が親など監護者でない場合、暴行や脅迫がなければ強制性交等罪などに問えないことを悪用し、「みんなもやっていることだから」「(スポーツなどが)うまくなるために必要なことだよ」といった言葉で性的行為に誘導するケースが多いようです。
一方、「悩みを抱えていて孤立させやすい子ども」を標的にし、被害者の孤独感・不安・承認欲求(大人から認められたいという気持ち)に付け込みマインドコントロールを行うグルーミングもあります。
そのため、特にそれほど親しくない人からのグルーミングやオンライングルーミングでは、加害者と被害者の心理的つながりが強固なグルーミング関係が発生しやすいのが特徴です。被害者の絶対的な理解者を装い、子供に恋愛感情を抱かせることで、被害者自身が「相手に嫌われたくない」と感じたり、性的な接触に対し愛情と錯覚させるように振る舞うこともあります。
加害者との接点と、被害者の心理の分類
具体的な接点 | 被害者が陥りやすい心理 | |
---|---|---|
リアル(現実)で親しい人からのグルーミング | 教師、コーチ、養護施設やNPOの職員、親戚、親の恋人など | 社会とのしがらみが強く、加害者の立場が強いため、被害者は「この人の言うことだから間違いない」と信じ込んだり、「自分が被害を告白しても誰も信じてくれない」と思い込んだりする |
それほど親しくない人からのグルーミング | 公園や公共施設で声をかけてきた人など | 被害者との心理的つながりが強く、「疑似恋愛」や「頼りになる大人」といったポジションで被害者に依存感情を抱かせる。被害者は恋愛感情や「嫌われたくない・見捨てられたくない」という感情から加害者に従う |
オンライングルーミング | ソーシャルメディア(TikTok、Instagram、X、YouTubeなど)やオンラインゲームなどネットを通じて知り合った人 |
被害に遭いやすい子供の特徴
被害に遭いやすい子供たちの特徴について世界的に調査が始められていますが、ユニセフの発表では結果は必ずしも一致していないとのこと。
日本国内でのグルーミング傾向
追手門学院大学心理学部心理学科 准教授の櫻井鼓氏による2021年から翌年にかけての調査によると、日本国内でグルーミング被害を受けた子供の背景には、共通して「孤独感」があるといいます。対人関係がうまくいっておらず孤立してしまっている子供や、家庭内で虐待の経験があった子供は、グルーミング被害に遭いやすく、さらに猥褻な自撮り写真などを送ってしまいやすい傾向になるとのこと。
参考:OTEMON VIEW「SNSで深刻化するグルーミング。調査から見えた児童の性被害の実態と背景」
世界でのグルーミング傾向
一方、世界では次のような傾向が見られるようです。
- 南アフリカとアメリカで行われた調査
自分に自信のない子供や、絶望や否定的事象・現実で性的虐待・迫害を経験している子供ほど被害に遭いやすい。 - ブラジルでの調査
社会的要因と経済状況の重要な関連性が見られる。
極めて貧しい地区出身の少女たちは、より早期に性化行動にさらされ、インターネットで性的関連のサイトを訪れて、ステータスの向上を可能にしてくれそうな年上の男性と出会おうとし、被害に遭いやすい。 - イギリスで行われた調査
現実世界において特に明白な脆弱性のパターンは見られなかった。
これらの結果を鑑みるに、グルーミング被害には社会全体の貧富の差や、家庭(子供の)貧困によっても大きく左右されうることがわかります。現在、経済格差の広がりやひとり親家庭が増加の一途をたどる日本では、このような社会的な課題と家庭環境の両面で、より被害が増大していく危険性があると考えられます。
参考:ユニセフ・イノチェンティ研究所「インターネット上の子どもの安全 ―グローバルな挑戦と戦略―」(PDF)
被害に気づきにくく、発覚しにくい理由
グルーミングによる性被害には、「被害者本人が気づきにくく、問題が発覚しにくい」という大きな問題があります。
そして、グルーミングなどによる性被害の直後に被害を話すことができる子供は、わずか25%といわれています。性被害にあった子供たちは、性的虐待順応症候群(性的虐待調整症候群)を発症し、性的虐待の事実を秘密にしようとしたり、「加害者にとって都合のよい振る舞い」をする場合もあるとのこと。
性的虐待について被害者が語らない要因については、一般社団法人日本フォレンジック看護学会の「日本版性暴力対応看護師(SANE-J)教育ガイドライン(第1版)」によると、
性虐待について話さないのには多くの要因があり、次のものなどがある。
困惑と恥辱の気持ち・自己責任・非難の気持ち、虐待についての理解不足、伝達能力不足、加害者や他の家族からの脅迫・操り・秘密の強要、自分や家族に悪影響が出ることを恐れる気持ち(現実的な悪影響か想像上の悪影響かを問わない)、信じてもらえない・助けてもらえないという思い込み等引用:一般社団法人日本フォレンジック看護学会「日本版性暴力対応看護師(SANE-J)教育ガイドライン(第1版)」(PDF)
といった気持ちがあるといわれています。
さらに、グルーミング被害に遭っている子供は、加害者に依存感情を抱いている場合が多く、自ら被害を告白することが少ないといわれています。「好き」「かわいい」などと褒めることで子供に恋愛感情を抱かせて性的行為に持ち込むことも多く、「恋愛の延長線上の行為だ」と考え、子供たちが性被害だと自覚することができない場合もあるのです。
インターネットを通じたグルーミングや性的搾取(卑猥な画像の要求など)の場合、被害者(子供)と加害者の肉体的な接触が必ず発生するわけではなく、子供を誘惑する「意志」があったと立証することが困難な場合もあり、取り締まることが難しいといわれています。
また、近年増加している「児童が自らを撮影した画像に伴う被害(だまされたり、脅されたりして児童が自分の裸体を撮影させられた上、メールなどで送らされる形態の被害)」については、2020年(令和2年)に検挙された「児童ポルノ事犯」のうち38.7%が該当します。被害児童が知らないところで画像が流布しているため、多くの子どもは自分が犯罪の被害者であるということを自覚しておらず、警察の捜査でいもづる式に明らかになることが多いとの調査結果があります。
改正刑法にグルーミングの処罰規定が追加
日本では、2023年6月に改正刑法が可決成立し、性的な行為を目的に子どもを手なずける「グルーミング」に関する処罰規定が盛り込まれました。
今回の改正刑法での大きなポイントは、性犯罪や性的搾取が行われる前の、会うこと(面会)を要求した段階で取り締まれるようになったことです。
改正刑法については過去記事で詳しく記載していますので、あわせてご覧ください。
以下、一部を抜粋します。
16歳未満の子どもに対して、以下のいずれかの行為をした場合(相手が13歳以上16歳未満の子どもであるときは、行為者が5歳以上年長である場合)、面会要求等の罪が成立します。
- わいせつの目的で、①~③のいずれかの手段を使って、会うことを要求すること(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)。
① 威迫、 偽計または誘惑 (例:脅す、うそをつく、甘い言葉で誘う)
② 拒まれたのに反復 (例:拒まれたのに、何度も繰り返し要求する)
③ 利益供与またはその申込みや約束(例:金銭や物を与える、その約束をする)- 1の結果、わいせつの目的で会うこと(2年以下の懲役または100万円以下の罰金)
- 性交等をする姿、性的な部位を露出した姿などの写真や動画を撮影して送るよう要求すること (1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)
まとめ
グルーミングにはマインドコントロールの側面があり、被害者自身が気がつくことが難しく、発覚したときには被害者の心が大きく蝕まれてしまっていることが多い犯罪です。
チャイルドグルーミングに巻き込まれないようにするには、子供が長期にわたって強い孤独感を抱いたり、孤立したりしないように、周りの大人たちはもちろん、社会全体で見守ることが必要でしょう。また、大人が親身になって手を差し伸べることで、「本当に信頼できる大人は子供に見返りを求めない」という気持ちを、子供たちに定着させる必要があるかもしれません。
知り合いの子供の生活態度に何か異変を感じた場合や、明らかにおかしな行動を目撃した場合(見知らぬ年上の人と一緒に歩いているなど)は、見て見ぬふりをせずに声をかけてあげましょう。もしその子が何かを話してくれたなら、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」(#8891/はやくワンストップ)に電話をし、相談するのもよい方法です。
チャイルドグルーミングから子供たちを守るには、周りの大人たちの関与が必要です。
この記事を通して、その必要性を感じていただけたなら幸いです。