2025年(令和7年)6月11日に、労働施策総合推進法が改正されたことを受けて、2025年11月17日に厚生労働省の労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)が「職場におけるカスタマーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」(以下、指針案)を公表しました。
参考:厚生労働省「職場におけるカスタマーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」(PDF)
なお、改正労働施策総合推進法は、2026年(令和8年)10月1日から施行予定です。改正法のポイントについては、以下の過去記事をご覧ください。
過去記事:【労働施策総合推進法改正】2026年10月からカスハラや就活セクハラの防止措置が義務化
さて、今回公表された指針案は、改正法で規定されているカスハラ防止策について企業に対する具体的な指針を示したものです。
以下、指針案が示している「カスハラ」と「カスハラ対策」の具体例を見ていきましょう。
指針案が示す「カスハラ」の具体例。
社会通念上許容される範囲を超える言動が該当
指針案では「カスハラ」の具体例として、次のものを挙げています。
言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
- 性的な要求や、労働者のプライバシーに関わる要求をすること
(そもそも要求に理由がない又は商品・サービス等と全く関係のない要求) - 契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること
(契約等により想定しているサービスを著しく超える要求) - 契約金額の著しい減額の要求をすること
(対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求) - 商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償要求をすること
(不当な損害賠償要求)
手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 殴る、蹴る、叩く等の暴行を行うこと
- 物を投げつけること
- わざとぶつかること
- つばを吐きかけること
精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 店舗の物を壊すことをほのめかす発言やSNSへ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと
- インターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿をすること
- 労働者の人格を否定するような言動を行うこと(相手の性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する侮辱的な言動を行うことを含む)
- 土下座を強要すること
- 盗撮や無断での撮影をすること
- 労働者の性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の者に暴露すること又は当該労働者が開示することを強要する若しくは禁止すること
威圧的な言動
- 大きな声をあげて労働者や周囲を威圧すること
- 反社会的な言動を行うこと
継続的、執拗な言動
- 不必要な質問を執拗に繰り返すこと
- 当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な責め立てをすること
- 電子メール等を不必要に繰り返し送りつけること
拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
- 長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること
以上を一言でまとめると、「社会通念上許容される範囲を超える言動など」をカスハラとして例示しているといえます。一方、要求内容や言動が社会通念上妥当な範囲内で行われるのであれば、「正当なクレーム」として企業が真摯に対応する必要がある、ということです。
なお、パワーハラスメント(パワハラ)については、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動として(労働施策総合推進法 第30条の2)、社会通念に照らし、当該言動が明らかに業務上必要性がない、または、その態様が相当でないものを指すとされます。
指針案が示す「カスハラ対策」の具体例。
顧客とのやり取りの録音・録画などを例示
指針案では「カスハラ対策」の具体例として、次のものを挙げています。
ただし、「限定列挙ではなく、各事業主が労働者の状況等の実態に応じた対処の内容を定めること」としていますので、あくまで例と考えましょう。
- 労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐこと
- 可能な限り労働者を一人で対応させないこと。また、必要に応じて当該労働者に代わって管理監督者等が対応すること
- 顧客等とのやり取りを録音・録画すること。なお、録音・録画に当たっては個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱うこと
- 労働者から十分な説明を行った上で、なお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりすること
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること
- 現場対応が困難な場合においては、本社・本部等へ情報共有を行い、指示を仰ぐこと
- 法的な手続が必要な場合には、法務部門等と連携し、弁護士へ相談すること
事前に対処の内容などを定め、労働者に周知する例は、次のとおりです。
- 職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を定め、当該規定と併せて、職場におけるカスタマーハラスメントの内容を労働者に対して周知すること
- 顧客等への対応に関するマニュアル等に、職場におけるカスタマーハラスメントの内容及び職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を記載し、労働者に対して周知すること
- 職場におけるカスタマーハラスメントの内容及び職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を労働者に対して周知するための研修、講習等を実施すること
以上の中でも注目したいのは、「顧客等とのやり取りを録音・録画すること。なお、録音・録画に当たっては個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱うこと」という例です。
店舗であれば、監視カメラや防犯カメラなどが設置されており、すでに映像の記録が可能なケースも多いでしょう。しかし、音声については、録音機能付きのカメラを設置していなければ不可能です。特に、スタッフと顧客の接点となるレジ周りについては、録音機能付きのカメラが必須となるでしょう。
また、営業活動に電話やウェブ会議を活用している企業では、カスハラ対策の観点から通話の録音や会議の録音・録画を推奨するなどの動きが出てくると予想されます。
録音・録画を実施する場合、「個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱うこと」と示されているとおり、録音データや録画データの適切な管理が必須です。スマホアプリを使った録音をお考えの方は、録音データをセキュアなクラウド環境に保存するしくみを備えたAI録音アプリ「Voistand」の利用を検討してみてください。
まとめ
今回の指針案の内容で、マスメディアでも注目されているのが、上記で触れた「顧客等とのやり取りを録音・録画」するという点です。
全国初で自治体としてカスハラ防止条例を制定した東京都では、企業向けにカスハラ対策のための奨励金(40万円)を設け、「録音・録画環境の整備」などを促しています。なお、東京都のカスハラ防止条例については、以下の過去記事をご覧ください。
過去記事:東京都の「カスハラ防止条例」とは? カスハラの一律禁止や当事者の責務について詳しく解説
従業員やスタッフが顧客対応で過度なストレスを感じることなく働けるよう、カスハラ対策が急務となっている中、今回の指針案をもとに顧客対応マニュアルの整備や研修の実施などを検討してみてはいかがでしょうか。

