2023年8月1日から、道路運送法に係る法令が一部改正され、バス・タクシーなどの車内での乗務員氏名の掲出義務が廃止されました。また、各県内自治体や民間のサービス職などでも、名札のフルネーム表記の廃止が進んでいます。
その背景には、インターネットでの個人情報の特定、晒し行為、ストーキングなどのハラスメントといった著しい迷惑行為の問題がありました。
インターネットに晒された情報は半永久的に残り、不適切な情報や誹謗中傷はデジタルタトゥーとして被害者を苦しめます。SNSによって誰もが手軽に情報を発信できるようになった一方で、働き手のプライバシーの保護が急務になっているのです。
SNSで名前を晒されるデメリット。
プライベートを探られる、名前を知られるなど
パーソル総合研究所が2024年6月5日に発表した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」では、顧客折衝があるサービス職の35.5%が「過去に顧客からのハラスメント・嫌がらせを受けた経験がある」と回答しています。さらに、32.6%が「職場でのカスハラがここ3年で増加した」と回答しています。
2024年4月のJ-CASTニュースによると、品川区役所の窓口業務に当たっていた職員が来庁者とトラブルになり、『あなたの名前を覚えたから』とか『インターネット上にあなたの名前を晒しますから』などと言われた事象もあるようです。
SNSでは過激な投稿はすぐに拡散されます。そして、その投稿が対象者の理解や許可を得ていない一方的な内容でも、見知らぬ人々がその事件について語り、一気に炎上へ……と発展してしまうことが多々あります。
このようなことから、「クレームや苦情があった場合、顧客と組織との問題として取り組む」という姿勢とともに、実名の名札を廃止した企業や自治体もあるようです。
また、晒しや拡散する意図がなく「⚪︎⚪︎駅の近くの××で働いている△△という人物が」といったポストを投稿しただけで、そのポストを見た悪意のある人が面白半分でその人物を見に行ったり、場合によっては加害行為をしに行ってしまう場合もあるのです。某大手デパートでは、とある顧客から販売員が名前を認識され、以来その顧客が毎日のように来店して販売員はつきまとい被害にあっていたというエピソードもあります。
このように、個人情報の取り扱いには注意が必要です。通常、個人情報とは、氏名、生年月日、住所、顔写真などにより特定の個人を識別できる情報を指しますが、生年月日などはそれひとつでは個人情報には当たらないとされます。
しかし、インターネットで名前を検索することで、上記のような情報を簡単に得られる可能性があります。たとえば、Facebookなどの実名型SNSでは、その人がもし登録していればすぐに見つけることができてしまいますし、過去に在籍していた職場や学校のウェブサイトで写真や名前が掲載されていれば、それらからその人の過去を知ることができてしまうのです。
さらに、昨今のAIによる画像解析システムでは、子どものころの写真からでも大人になった姿を作成できたり、目元だけの写真でも顔写真を検索できてしまいます。
顧客と店員(職員)という間柄で、顧客から一方的に未公開のプライベートな情報(SNSなど)や過去を知られてしまうのは気味のよいものではありませんし、つきまといや拡散の可能性を考えると、職場の安全配慮義務に違反する恐れもあるのです。職場は場所や勤務時間帯が特定がされやすいため、場合によっては住居と同等に個人情報として配慮すべきポイントなのです。
苗字のみやイニシャル、ビジネスネームで対応。
世間の反応は?
各県内自治体では、従来どおりのフルネーム表記か苗字のみの表記に変更するかを個々人で選べるところが多いようです。中には、ひらがなでの表記としている自治体もあるようです。
薬局やドラッグストア勤務の薬剤師・登録販売者では、2022年の厚労省による薬事法の一部改正によって、「姓のみ」「氏名以外の呼称」などの名前表記が可能となっています。
京王バスではビジネスネームの表記も可能に。全国チェーンのとあるコーヒーショップではイニシャルの表記など、さまざまな対応がなされています。
苗字のみの表記でも珍しい苗字であれば個人情報の特定のしやすさは変わらないため、上記のような問題を防ぎきれない可能性があります。フルネーム表記の廃止が浸透していくにあたり、イニシャル表記やビジネスネーム表記が増えていくのではないかと予想されます。
「安心してサービスを受けてもらうため」や「責任感を持って業務に取り組んでもらうため」という理由で本名表記をしてきた、という声がある一方で、各社のフルネーム表記廃止のニュースに対するX(旧Twitter)の反応は、
- プライバシー保護の観点では必要なこと
- すべてのサービスで取り入れたほうがよい
- 会社が従業員を把握できればよいだけだから、名札はいらない
といった好意的な声が多く、導入をした自治体からも「業務上、支障は出ていない」という声が挙がっているようです。
まとめ
ことビジネスシーンにおいて、本名をフルネームで明らかにして働き続けることに、どこまでの意味があるでしょうか?
責任感や職業意識という観点で個人名を明らかにすべきという考えがあるとしても、仕事の場だけでその人を特定するにはビジネスネームで十分ではないかと考えられます。
インターネット検索によって自分のプライベートを明かされるという懸念のほか、結婚や離婚を機に苗字が変わる場合もある中で、個人情報を検索されなくても、苗字が変わったタイミングがビジネスの場で察されてしまうことに気持ち悪さを感じる方も少なくないのではないでしょう。
プライベートとビジネスシーンを切り分けるビジネスネームの導入は、ダイバーシティ(多様性)の尊重にも沿った流れではないかと考えられます。