2023年11月13日、三重県桑名市の温泉施設の女湯に侵入したとして、愛知県春日井市の43歳の男性(無職)が建造物侵入の疑いで現行犯逮捕されたことが、多くのメディアで取り上げられています。
この男性は、女湯に入ったことを認めた上で「心は女性なのに、なぜ女子風呂に入ってはいけないのか理解できない」と話しているといいます。
さて、 性的マイノリティーに対する理解を広めるための「LGBT理解増進法(以下、LGBT法)」が、6月16日に国会で成立し、23日に施行されたことをご存知の方も多いでしょう。
上記の女湯侵入事件とLGBT法は、果たして無関係なのでしょうか?
それとも、何らかの関係が見い出せるのでしょうか?
以下、LGBT法の成立前後に起こったジェンダー問題に関するいくつかの事例を通して、LGBT法について考えてみましょう。
LGBT法は、あくまで理念法。
しかし、すでにいろんなところに影響が
LGBT法の正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」です。「国民の理解の増進」という言葉のとおり、あくまでLGBTに対する国民の理解を進めるための理念法に過ぎず、具体的な禁止事項や罰則などを定めているわけではありません。
第一条を引用してみましょう。
第一条 この法律は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解が必ずしも十分でない現状に鑑み、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策の推進に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の役割等を明らかにするとともに、基本計画の策定その他の必要な事項を定めることにより、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を受け入れる精神を涵かん養し、もって性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的とする。
ジェンダーアイデンティティ(gender identity)は、通常は「性自認」や「性同一性」という言葉が当てられます。しかし、あえて長いカタカナ語を持ち出したところに、国民を煙に巻く意図があると感じざるをえません。
実際に、国民の理解も、国会での審議も不十分な中、議員立法の全会一致の不文律に反するかたちで、LGBT法が成立しました。
このような経緯や法律の内容に対して、そもそもLGBT法に反対の側からの批判はもちろん、趣旨に賛成する側からも、「かえってLGBTへの差別を助長するのではないか」という批判があります。
参考:
連合「LGBT理解増進法の成立に対する談話」
プライドハウス東京「『LGBT理解増進法』に対する懸念の表明と差別を許さない運用のための声明
週刊金曜日「LGBT理解増進法という名前の『差別促進法』に」
なお、岸田首相が、5月に開催された「G7広島サミット2023」でのアピールに、LGBT法案(の成立に向けて動いていること)を使いたかったという声がありますが、真偽は定かではありません。
以下、LGBT法の成立前後に起こった事例を見てみましょう。
歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレ。
たった4か月で廃止に
東京都新宿区にある高層ビル「東急歌舞伎町タワー」の2階に、「ジェンダーレストイレ」という名称で性別に関係なく使える個室8室(さらに男女別が2室ずつ、多目的室が1室)が、4月の開業にあわせて設置されました。
しかし、個室扉の前まで誰でも入れること、手洗い場が共用だったことから、「安心して使えない」「化粧直しがしにくい」「男性に待ち伏せされたら怖い」「性犯罪の温床になる」といった声がSNSで相次ぎました。タワー側は警備員を巡回させるなどの防犯対策を発表しましたが、懸念の声はおさまらず、改装工事に着手。8月からジェンダーレストイレは廃止され、通常の複合施設にあるような、女性用、男性用、多目的室となりました。
参考:
東京新聞「『ジェンダーレストイレ』わずか4カ月で廃止 新宿・歌舞伎町タワー 「安心して使えない」抗議殺到の末に」
日テレ「『ジェンダーレストイレ』廃止…『男女別』に改修 東急歌舞伎町タワー 何が問題? “理想のトイレ”どうあるべき?」
ジェンダーレストイレは、一般的には「オールジェンダートイレ(all gender restroom)」と呼ばれます。東急歌舞伎町タワーがはじめての取り組みというわけではなく、ドン・キホーテが2017年にオープンした渋谷本店にオールジェンダートイレを設置しています。また、成田空港第1ターミナルビルや国立競技場にも、男女別や多目的室とは別に設置されています。
それでは、なぜ東急歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレが批判にさらされたのでしょうか。
ひとつは、日本有数の繁華街である「歌舞伎町」という土地柄、どうしても犯罪や反社会的行為を連想させてしまうからでしょう。実際に「何らかの犯罪に使われていた」という噂まで流れました。
もうひとつは、ジェンダーレスが8室、女性用が2室、男性用が2室、多目的個室が1室という「数のアンバランスさ」です。もちろん、理屈で考えれば、ジェンダーレスの個室が多くても男性や女性に不利益はありません。しかし、男性にとっても女性にとっても、ジェンダーレスの個室を使う気にはなれない人が多かったということ、さらに女性にとっては、上記のような「不快感」や「不安感」を嫌う人が多かったということでしょう。
最高裁が性別認定の条件として
「生殖器の手術」を憲法違反と判断
10月25日、最高裁判所はトランスジェンダーの法律上の性別認定の条件として断種手術(生殖器の手術)を課す国内法を憲法違反(違憲)と判断しました。
これは、トランスジェンダーが戸籍上の性別を変えるのに、生殖能力を失わせるなどの手術を必要とする「性同一性障害特例法」の規定が、憲法に違反するかが問われた家事審判(家族や親族に関わる法律問題について裁判所が行う裁判)で出された判決です。
性同一性障害特例法では、性別変更に次の5要件を定めています。
- 18歳以上
- 現在結婚していない
- 未成年の子がいない
- 生殖腺(卵巣や精巣)がないか、その機能を永続的に欠いている
- 変更する性別の性器に似た外観を備えている
これらのうち「生殖腺(卵巣や精巣)がないか、その機能を永続的に欠いている」(生殖不能要件)と「変更する性別の性器に似た外観を備えている」(外観要件)の2要件を満たすには原則、手術が必要です。
申立人は手術を受けていませんが、長年のホルモン治療で生殖能力は減退し、生殖の可能性は極めて低いため要件を満たすと主張しました。家庭裁判所では、生殖不能要件を満たしていないとして性別変更を認めず、不服を申し立てた高等裁判所も同様に判断したため、申立人が最高裁に特別抗告した、という経緯です。
最高裁の判決に、LGBT法の影響があったかどうかはわかりません。
最高裁の判決は「判例」として、以降の下級審の裁判を拘束するものとされ、影響は極めて大きいといえます。今後も同様の裁判があった場合、生殖器の手術は不要と判断されるということです。
三重県桑名市の女湯侵入事件から考える、
今後の社会への影響
冒頭の女湯侵入事件に戻りましょう。
実は、LGBT法に反対する複数の識者から、「男性が女湯に入る」「男性が女性用トイレを使う」といった事件が発生すると警告されていました。LGBT法推進派は「そんなことは起こらない」と根拠なく否定していましたが、結果としてこのような事件が起こりました。
男性は、女湯の脱衣所には女装をして入るという、計画的な侵入でした。4月にも静岡県浜松市の入浴施設で脱衣場に女装をして侵入し、洗い場に入る前に逮捕されていたそうです。
参考:集英社オンライン「『心は女なのになぜ女湯に入ってはいけないのか』逮捕された女装男性(43)は今年4月に浜松市内の女湯に入り逮捕の過去…地元ではドスのきいた大声で近隣トラブルも…〈桑名・女湯侵入事件〉」
この事件を受けて、ある識者は「心が女性だと主張するなら、男性が女湯に入ってきたときの女性の不快感が想像できたはずだ」と指摘。筆者は「まさに」と膝を打ちました。
今後、LGBT法を盾に、さまざまな事件が起こると予想されます。決定的な事件でなくても、たとえば遊び半分で男性が女性用トイレを使う、飲食店のレディースセットや映画館のレディースデーに文句をつけるといった身近なトラブルから、それこそ女性が性犯罪に巻き込まれかねない事件まで、多様なケースが想像できます。
いつの時代も、法律を悪用しようとする人は、残念ながら一定数いるものです。LGBT法によって、男性が「心は女だ」、女性が「心は男だ」と主張した際、無下に否定できない空気が生み出されたと感じます。第一条の「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現」という目的について、筆者は「社会の一人ひとりがそのような人びとの尊厳を守ること」と解釈していますが、それに乗じて犯罪を行う者が増えないことを願っています。
まとめ
以上、歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレ、最高裁が性別認定の条件として「生殖器の手術」を憲法違反と判断したこと、三重県桑名市の女湯侵入事件を通じて、あらためてLGBT法について考えてみました。
日本はもともと、LGBTに寛容な社会です。数々の歴史的事実を知れば、それがわかるはずです。
ただし、現代において、LGBTに該当する人びとの尊厳を、社会の一人ひとりが守れているかといえば、はなはだ疑問です。その点については、LGBT法の趣旨に耳を傾け、自省をする必要があると考えます。
今後もLGBT法にまつわる事例を取り上げ、みなさんと一緒に考えたいと思っています。