2023年9月、宝塚歌劇団に所属する劇団員の女性(25歳)が死亡した問題(兵庫県宝塚市のマンション敷地内で転落死)で、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社である阪急阪神ホールディングス(HD)と歌劇団が、3月28日に記者会見を開き、2023年11月の調査報告書で確認できなかったとしていた歌劇団の上級生(先輩劇団員)らによるパワーハラスメント(パワハラ)を認め、遺族側に謝罪したことを明らかにしました。
11月の調査報告書のあと、双方の代理人が会合を重ねていましたが、1月24日の3度目の会合ではじめて遺族側の2人(母、妹)が出席しました。また、会見の約1か月前の2月29日付けで、阪急阪神ホールディングスの角和夫会長(74歳)が、宝塚歌劇団と、団員を育成する宝塚音楽学校の両理事を退任しています。
以下、歌劇団側をパワハラを認めた理由と、存在が認められたパワハラの中身を見ていきましょう。
なぜ一転して、歌劇団側がパワハラを認めたのか?
歌劇団側は、記者会見の冒頭で「希望を持って入団されたご本人やご遺族の皆様に、取り返しのつかないことをしてしまった。申し開きのしようもございません」と頭を下げ、謝罪しました。
事件当初、歌劇団側は、上級生らのパワハラやいじめは「確認できなかった」としていました。しかし、なぜ今回の記者会見では、一転してパワハラがあったことを認めたのでしょうか?
まず、事件から2か月後の2023年11月、歌劇団側は外部弁護士による調査報告書を発表し、「精神障害を引き起こしても不思議ではない程度の心理的負荷があった可能性は否定できない」として長時間に及ぶ活動などの管理責任を認めたが、上級生によるパワハラは確認できなかったとしていました。
その後、遺族側の代理人弁護士と歌劇団側の代理人が面談を開始。遺族側は上級生らによる主に15のパワハラ行為があったとの見解を示し、歌劇団にパワハラを認めるよう求める意見書を提出。遺族側の代理人弁護士は2月に開いた記者会見で、交渉の経過を報告し、劇団側は長時間労働を課して過大な要求をした点など、半数ほどはパワハラとほぼ認めた一方、上級生の威圧的な言動などについては否定していると説明しました。遺族側は上級生の言い分に関わらず、事実に基づく謝罪内容を書面で特定し、合意書に記載すべきだと主張。
そして、今回の会見では、遺族との協議を重ねていく中で、調査報告書だけでなく、提供されたさまざまな資料についても検討したとし、「ハラスメントに当たることもあるという気づきが劇団員にもなく、そして我々が何よりもそれを教えてもいなかったことをあらためて認識した」「こういった環境や、組織風土を時代に合わせて変えてこなかったのは、まさに劇団。その責任は極めて重い」と謝罪するに至りました。
肝心な部分として、女性の死亡とパワハラの因果関係については、「原因をひとつに特定することは難しい」としながらも、
- 公演スケジュールが過密になり過重な負担を生じさせた
- 劇団内でパワーハラスメントに該当する行為があった
- 長年にわたりに劇団員にさまざまな負担を強いるような運営を続けてきたこと
を理由に挙げました。
歌劇団側が認めた14件のパワハラの中身とは?
歌劇団側と遺族側が最終的に合意したとパワハラは、以下の14件です。
- 亡くなった劇団員が自分でやることを望んでいたにもかかわらず、宙組の上級生がヘアアイロンで髪を巻いて額にやけどを負わせたこと、それにもかかわらず、亡くなった劇団員の気持ちをくんだ気遣いや謝罪を行わなかったこと。
- 宙組の上級生の指示で、亡くなった劇団員が2日連続で深夜に髪飾りの作り直しの作業を行うことになったこと。
- 宙組の上級生が、亡くなった劇団員に対し、新人公演のダメ出しで人格否定のようなことばを浴びせたこと。
そして、当時の宙組のプロデューサーがそれを認識しながら放置し、対処しなかったこと。 - 週刊誌(週刊文春)の報道のあと、宙組の幹部が、亡くなった劇団員を呼び出したこと。
宙組生全員の集まりを開き、過呼吸の状態になるほど大きな精神的負担が生じたこと。 - 当時の宙組プロデューサーがその会議室を確保し、亡くなった劇団員が精神的な負担を受ける場を設けたこと。
さらに、亡くなった劇団員が組替えを求めたにもかかわらず無視したこと。 - 亡くなった劇団員がヘアアイロンでやけどを負った事件について、劇団が「全く事実無根」との見解をホームページで発表したこと。
- 劇団が亡くなった劇団員に対し、死亡する直近の1か月間で過大な業務量を課し、長時間業務を行わせたこと。
- 新人公演の稽古で一部の立ち回りなどについて上級生から本公演での振りを指導してもらう「振り写し」について、新人公演の演出担当者が行う必要はないと言っていたにもかかわらず、宙組幹部が「振り写し」を行うべきであると指導し、その結果、亡くなった劇団員にいっそう過重な業務が課されたこと。
- 新人公演に出演する下級生が演技や早変わりなどの技術を、同じ役を本公演で演じる上級生から学ぶためにいつ、どのような手伝いが必要かを尋ねる「お声がけ」について、新人公演に向けた準備で必須ではないにもかかわらず、宙組の幹部が「お声がけ」を行う必要はないと宙組生に指導せず、その結果、亡くなった劇団員にいっそう過重な業務が課されたこと。
- 新人公演の演出担当者の怠慢で、亡くなった劇団員が演出担当者の業務を肩代わりせざるをえなかったこと。
- 新人公演の配役表に関して、宙組の幹部が深夜の時間帯に亡くなった劇団員を指導・叱責したこと。
- 宙組の幹部が亡くなった劇団員に落ち度がないにもかかわらず、「振り写し」に関し指導・叱責したこと。
- 下級生の衣装の取り扱いをめぐる衣装部門からの苦情に関し、亡くなった劇団員に落ち度がないにもかかわらず宙組の上級生が下級生の失敗は劇団員の責任であるとして指導・叱責したこと。
- 宙組の上級生が「お声がけ」に関し、亡くなった劇団員に落ち度がないにもかかわらず大きな声で指導・叱責し、その後、さらに別の上級生が亡くなった劇団員に対して嘘をついているかと繰り返し詰問したこと。
遺族側は同日(3月28日)午後4時に記者会見を開き、「おおむね、こちらが主張してきた内容で合意書の締結に至った」とした上で、「歌劇団側が明確に多数のパワハラの存在を認め、遺族に謝罪したことの意義は大きい。『治外法権』のような劇団内部の実態を改革し、悪しき伝統を見直す第一歩として重要な意義がある」と述べました。
これまでに上級生など6人から謝罪の手紙を受け取ったほか、補償については歌劇団側が遺族に対し、慰謝料などとして「相当額の金額を支払う」という内容で合意したことも明らかにしました。
また、遺族側の代理人弁護士は、亡くなった劇団員の母の「訴え」を公開。この中で「一切パワハラはなかったと主張された劇団が多くのパワハラを認め、本日ようやく調印となりました。娘の尊厳を守りたい一心で今日まできました。言葉では言い表せないたくさんの複雑な思いがあります。娘に会いたい、生きていてほしかったです」と読み上げました。
まとめ
以上、宝塚歌劇団に所属する劇団員の女性(25歳)が死亡した問題について、歌劇団側をパワハラを認めた理由と、存在が認められたパワハラの中身を見ました。
このようなパワハラを原因とした死亡事件について、遺族側が亡くなった方の「尊厳を守るために」という表現をよく見受けることが、個人的に興味深く感じます。お子さんや配偶者など愛すべき人が亡くなったという事実に加えて、「周りから不当な扱いを受けた」という思いが強いことが理由のひとつでしょう。
このような痛ましい事件を防ぐためにも、組織としてパワハラが生まれる風土をつくらないこと、パワハラの芽を早めに摘むことが大切です。そのためには、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が求める体制整備はもちろん、一人ひとりが「パワハラをしない」「パワハラを許さない」という意識を持つことが大切です。
歌劇団側と遺族側が最終的に合意したと14件のパワハラや、他の報道記事を見ると、歌劇団という閉鎖的な世界でパワハラが生まれる風土が長く続いてきたこと、プロデューサーや演出担当者などが管理責任を適切に果たしていなかったことがわかります。
この事件から私たちが真摯に学ぶことが、亡くなった方へのせめてもの弔い(とむらい)になると考えます。
参考
- NHK NEWS WEB「宝塚歌劇団員死亡問題 歌劇団側 パワハラ認め遺族側に謝罪」
- NHK NEWS WEB「遺族側会見“歌劇団側がパワハラ認め謝罪 意義は大きい”」
- 朝日新聞デジタル「宝塚歌劇団、パワハラ認めて謝罪 劇団員死亡問題で遺族側と合意」
- スポーツ報知「宝塚歌劇団娘役転落死問題で遺族側『劇団側の姿勢が前進したものと受けとめている』3度目会合で初めて遺族出席」
- スポーツ報知「“宝塚のドン”退任へ 娘役転落死の管理責任を取り歌劇団と音楽学校理事を29日付で」
- 文春オンライン「『やけどさされた』『ちゃいろになってる』転落死したタカラジェンヌの“悲痛LINE”を無視した“宝塚報告書”3つの問題点 現役宙組生は『私の訴えはもみ消された』」