ホーム 生活 自殺総合対策大綱が5年に一度の見直し。自殺対策の歩みと今後の重点施策を知ろう

自殺総合対策大綱が5年に一度の見直し。自殺対策の歩みと今後の重点施策を知ろう

この記事のサマリー

  • 日本における自殺対策は「自殺対策基本法」と「自殺総合対策大綱」がベース
  • コロナ禍で増加した「子ども・若者」と「女性」の自殺を減らすことが急務
  • 私たち一人ひとりが、自分のできる範囲で「ゲートキーパー」の役割を果たそう

目次

みなさんは「自殺対策基本法」や「自殺総合対策大綱(たいこう)」をご存知ですか?

自殺対策基本法は、自殺を防止するための社会的責務や自死遺族に対する支援について定めた法律、自殺総合対策大綱は自殺対策基本法に基づき、政府が定めるべき自殺対策の指針です。

2022年(令和4年)10月14日に、5年に一度の見直しが行われる「自殺総合対策大綱(第4次)」が閣議決定され、新たな重要施策が盛り込まれました。コロナ禍によって変化した自殺の傾向に、適切な対策を実施することが主眼となっています。

それでは、これまでの政府による自殺対策はどうだったのか新しい指針(大綱)が決まったことでどのような変化が予想できるかを、以下で詳しく見ていきましょう。

日本における自殺対策の経緯

日本では、自殺問題が国内課題と認識されたのは1998年(平成10年)です。なぜなら、この年の自殺者数は32,863人に上り、前年の24,391人から34.7%の急増となったからです。また、過去最多である1986年の25,667人を大きく上回り、はじめて3万人を上回りました。この年は特に中高年男性の自殺者数が増えており、急増の背景にはバブル崩壊による「経済・生活問題」があると推測されます。

その後、自殺者数は徐々に減少傾向にありましたが、2003年(平成15年)には34,425人となり、過去最多を記録することに。1998年と同様に、日本平均株価がバブル崩壊以降最安価を記録するなどの経済不安が続いていました。雇用構造の変化による非正規労働者の増加、派遣法の改正(正規従業員枠の減少、リストラ、派遣社員の増加)といった経済や生活に関する先行きの不透明さからか、20~40歳代の自殺者が増加しました。


データ:警視庁「自殺者数」(令和4年資料)

それまで、自殺問題に対する国や政府の基本方針は示されておらず、厚生労働省によるうつ病対策や職場のメンタルヘルス対策、文部科学省の学校内でのいじめ対策など、各省庁がそれぞれで取り組んでいるのが実情でした。過去最多を記録した2003年以降も、自殺者が毎年3万人を上回る状況の中、2006年(平成18年)に自殺予防活動や遺族支援に取り組んでいる民間団体が中心となって、自殺対策の法制化が必要であるとして、「自殺対策の法制化を求める3万人署名」と称する署名活動が全国で展開された結果、10万余りの署名が参議院議長に提出されました。

2006年、自殺対策基本法の制定

このような状況を受けて、国会では超党派の会が結成され、法案の検討が進められました。この法案を元に「自殺対策基本法」が制定され、2006年(平成18年)10月21日に施行されました。その目的は次のとおりです。

第1条
この法律は、近年、我が国において自殺による死亡者数が高い水準で推移していることにかんがみ、(中略)自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。

また、法律の基本理念として、

第2条第2項
自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみ捉えられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取り組みとして実施されなければならない。

と定め、自殺を初めて「社会問題」として扱うことが明言されました。

さらに、

第2条第5項
自殺対策は、保健、医療、福祉、教育、労働その他の関連施策との有機的な連携が図られ、総合的に実施されなければならない。

とし、それぞれの分野からの個別的なアプローチではなく、自殺の実態に即した総合的な対策が実施されることとなりました。

2007年、自殺総合対策大綱の策定

自殺対策基本法では、「政府が推進すべき自殺対策の指針として、基本的かつ総合的な自殺対策の大綱を定めなければならない」とされました(第12条)。

翌2007年(平成19年)に策定された自殺総合対策大綱では、

  • 自殺は追い込まれた末の死
  • 自殺は防ぐことができる
  • 自殺を考えている人は悩みを抱え込みながらもサインを発している

という3つの基本認識のもと、自殺対策を進める上で、失業、倒産、多重債務、長時間労働等の社会的要因も踏まえて総合的に取り組むという基本的な考え方を示しました。

また、数値目標として「2016年までに、2005年の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を20%以上減少させる」ことを掲げ、大綱そのものはおおむね5年をめどに見直しを行うこととされました。

2007年以降の動き

2006年の自殺対策基本法の制定、2007年の自殺総合対策大綱の策定以降の重要な動きをまとめると、次のとおりです。

  • 2009年(平成21年)
    地域自殺対策緊急強化基金の造成

    地域における自殺対策強化の目的で、都道府県に当面3年間の対策に関する100億円の基金を造成
  • 2012年(平成24年)
    第2次自殺総合対策大綱の策定

    自殺対策は地域レベルの実践的な取り組みを中心に
  • 2016年(平成28年)
    自殺対策業務が内閣府から厚生労働省へ移管

    現場とより緊密な連携を目指し、業務が厚生労働省へ移管されることに
  • 2016年(平成28年)
    自殺対策基本法の改正

    自殺対策計画の策定が全都道府県、市区町村において義務化
  • 2017年(平成29年)
    第3次自殺総合対策大綱の策定

    子ども・若者の自殺対策などが重点施策に
  • 2019年(令和元年)
    自殺対策の中核を担う「指定調査研究等法人」の新法が制定

    調査研究やそれらの成果の活用などを担う法人を厚生労働大臣が指定する制度が創設
  • 2022年(令和4年)
    第4次自殺総合対策大綱の策定

    子ども・若者と女性に対する重点施策などを追加

なお、第1次大綱と、次の第2次大綱で示された数値目標「2016年までに、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を2005年と比べて20%以上減少させる」ことは、実現されたのでしょうか。2005年の自殺死亡率は24.2であり、それを20%減少させると19.4です。2016年の自殺死亡率は16.8だったので、2005年時点から30.6%の減少です。つまり、目標を10.6ポイント上回る減少を達成しました。

2022年の自殺総合対策大綱(第4次)のポイント

自殺対策基本法が制定された2006年(平成18年)の自殺者数は32,155人、コロナ禍前の2019年(令和元年)の自殺者数は20,169人です。つまり、比較すると37.3%減となります。また、上記のとおり、自殺死亡率も2005年と2016年で30.6%減です。これらのデータから、政府による自殺対策には効果があったといえます。

一方、自殺者数はその後も毎年2万人を超える水準で推移しており、2020年(令和2年)は21,081、2021年(令和3年)は21,007人、2022年(令和4年)は21,881人となっています。男女別に見ると、2022年は男性が14,746人、女性が7,135人であり、男性が大きな割合を占める状況は続いていますが、さらにコロナ禍の影響で生活苦、人間関係の希薄化や孤独、うつ状態など自殺の要因となる問題が悪化したり、新たに発生したことによって、女性は3年連続の増加小中高生などの若年層(特に10歳から19歳)は過去最多の水準となっています(2021年の749人から、2022年は796人に増加)。これらに反して、絶対数が多い男性の自殺者数は12年連続で減少しています。

このような状況から、第4次自殺総合対策大綱では今後5年間で取り組むべき施策を新たに位置づけました。

今後は「子ども・若者」と「女性」に対する施策を重視

第4次大綱では、コロナ禍の自殺の動向も踏まえつつ、これまでの取り組みに加え、

  • 子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化
  • 女性に対する支援の強化
  • 地域自殺対策の取組強化
  • 新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえた対策の推進など

を追加し、総合的な自殺対策のさらなる推進・強化を掲げています。

子ども・若者の自殺対策

子ども・若者の自殺対策をさらに推進・強化する重要施策は、次のとおりです。

  • いじめを苦にした子どもの自殺の予防
  •  学生・生徒への支援充実
    • 長期休業の前後の時期における自殺予防を推進
    • タブレット端末の活用等による自殺リスクの把握やプッシュ型の支援情報の発信を推進
    • 学校、地域の支援者等が連携して子どもの自殺対策にあたることができる仕組みや緊急対応時の教職員等が迅速に相談を行える体制の構築
    • 不登校の子どもへの支援について、学校内外における居場所等の確保
  • SOSの出し方に関する教育の推進
    • 命の大切さ・尊さ、SOSの出し方、精神疾患への正しい理解や適切な対応を含めた心の健康の保持に係る教育等の推進
    • 子どもがSOSを出しやすい環境を整えるとともに、大人が子どものSOSを受け止められる体制を構築
  • 子ども・若者への支援や若者の特性に応じた支援の充実
    • SNS等を活用した相談事業支援の拡充、ICTを活用した情報発信を推進
  • 知人等への支援
    • ゲートキーパー等を含めた自殺対策従事者の心の健康を維持する仕組みづくり
  • 子ども・若者の自殺対策を推進するための体制整備
    • こども家庭庁と連携し、体制整備を検討

特に注目したいのが「SOSの出し方に関する教育の推進」であり、「命の大切さ・尊さ、SOSの出し方、精神疾患への正しい理解や適切な対応を含めた心の健康の保持に係る教育等の推進」「子どもがSOSを出しやすい環境を整えるとともに、大人が子どものSOSを受け止められる体制を構築」が挙げられています。

また、「子ども・若者への支援や若者の特性に応じた支援の充実」としては、「SNS等を活用し相談事業支援の拡充、ICT(コンピューターやネットワークを利用したコミュニケーション)を活用した情報発信を推進」が、「知人等への支援」では「ゲートキーパー等を含めた自殺対策従事者の心の健康を維持する仕組みづくり」が挙げられています。

ゲートキーパーとは「見守る人」のことであり、悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞き、必要な支援につなげる人を指します。

個人的にも、ゲートキーパーがうまく機能することが、自殺の防止に効果的だと思います。特に若年層の場合、子を持つ親一人ひとりがゲートキーパーになることが大切だと考えます。ともすれば、他人に対して不干渉であるのがよいことだと考えられがちですが、学校のクラスメート、同じ部活やクラブの生徒の親同士は、何らかのかたちで接点があります。また、学校行事や手伝いなどで、子どもたちと直接触れ合うことも少なくありません。

このようなとき、何か異変のある子どもがいたら、積極的に声をかけ、話を聞いてみること、その子の親と直接話すことはむずかしくても、学校の先生、部活やクラブの責任者に相談することで、大事(おおごと)になる前に問題が明らかになり、解決への糸口を見つけられるかもしれないのです。

女性の自殺対策

女性の自殺対策をさらに推進・強化する重要施策は、次のとおりです。

  • 妊産婦への支援の充実
    • 予期せぬ妊娠等により身体的・精神的な悩みや不安を抱えた若年妊婦等について性と健康の相談センター事業等による支援を推進
  • コロナ禍で顕在化した課題を踏まえた女性支援
    • 子育て中の女性等を対象にきめ細かな就職支援
    • 配偶者等からの暴力の相談体制の整備を進める等、被害者支援の更なる充実
    • 様々な困難・課題を抱える女性に寄り添った
    • きめ細かい相談支援等の地方公共団体による取組を支援
  • 困難な問題を抱える女性への支援

コロナ禍で女性の自殺が増えた理由について、厚生労働省は「非正規労働者が多い女性が依然として失業の不安や収入減に苦しんでいる」と見ています。また、宮崎大学などの研究グループが、新型コロナが流行した2020年1月から2021年5月までと、流行以前の日本での自殺の理由の変化について分析を行ったところ、自殺の理由は男女で大きく異なり、男性では主に「仕事のストレス」や「孤独感」、女性では「家庭・健康・勤務問題」を動機とした自殺が増加したことが明らかになりました。

筆者は、子ども・若者の自殺と女性の自殺は、実は結びついた問題だと考えます。というのも、たとえば「シングルマザーの生活苦」は、子どもにとっても母親にとっても自殺の理由になりうるからです。したがって、統計上の数字から明らかとはいえ、第4次大綱が重点対策に子ども・若者だけでなく女性の自殺対策を加えたことは、評価すべきポイントだと考えます。

新たに掲げられた数値目標

誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指すため、当面は先進諸国の現在の水準まで減少させることを目指し、「2026年(令和8年)までに、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を2015年(平成27年)と比べて30%以上減少させる」ことが数値目標として掲げられました。

つまり、2015年には18.5であった自殺死亡率を、2026年には13.0以下にする、ということです。2022年の自殺死亡率は17.5でしたので、相当高い目標を掲げたといえるでしょう。

悩んでいる本人や周囲の人に知って欲しい相談窓口

前述のとおり、自殺は社会全体で取り組むべき問題です。なぜなら、自殺とは社会(家族も含む他者)とのつながりの中で追い込まれてしまうことが多いからです。社会というのは学校や仕事といった明確なつながりだけではなく、同じ地域に住む人同士、同じ趣味をもって集う人同士なども含みます

心身の不調であれば「適切な病院にかかること」、家族との悩みであれば「家族自身が社会的な支援(金銭に関する支援や心身のケア)を受けること」や「家族以外のコミュニティを頼る」といった方法で、生きやすい環境が見つかるでしょう。

たとえ自身に対する強いコンプレックスからの悩みであっても、そのコンプレックスはおそらく周囲(社会)との比較によって生み出された場合が多く、社会で癒していくべき問題です。身を置く環境を変えたり、カウンセリングを受診することで、より快適な生き方が見つかるはずです。

そして、多くの人がコロナ禍で強く感じた「孤独」についても、まさしく社会とのつながりが必要なことを示すサインといえます。

このように考えてみると、死にたいとまで感じてしまうほど深い悩みを抱えている人は、上記のような社会的支援(よりカジュアルなかたちでは、信頼できる他人やコミュニティとのつながり)が得られてないことが多いはずです。さまざまな悩みが複合的に重なっていたり、複雑に絡み合っていたりする場合もあり、当の本人が頭を整理するのがむずかしく、悩みを他人に伝えにくくなっている状況もあるでしょう。

しかし、もし他人に相談をし、解決への道に一歩でも足を踏み出せることができれば、「困難な状況を変えられるかもしれない」「自分が変われるかもしれない」という希望が見えてくるかもしれません。

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まとめ

以上、政府によるこれまでの自殺対策はどうだったのか、2022年の第4次大綱が決まったことでどのような変化が予想できるかを解説しました。

現に自殺という不幸な事態が発生しつづけている以上、自殺対策に十分ということはありません。この点、政府や地方自治体による支援のさらなる充実を期待します。さらに、私たち一人ひとりが、自分のできる範囲でゲートキーパーの役割を果たすことが大切だと考えます。

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