ホーム ハラスメント お客様は「神様」ではない。秋田の第一観光バスの意見広告と、カスハラの実態調査から考える

お客様は「神様」ではない。秋田の第一観光バスの意見広告と、カスハラの実態調査から考える

この記事のサマリー

  • 秋田の第一観光バスが「お客様は神様ではない」という意見広告を掲載
  • 交通・物流業界では、半数近くの人がカスハラ被害を経験
  • 乗務員は「乗車拒否ができない」「運転手1人での対応」などの限界あり
  • 認知症の症状からカスハラが起こる場合もあり、今後増加する可能性大
  • 乗客の安全のためにも、従業員一人に任せない組織的な対策が必要

目次

2023年3月中旬、秋田県の地元紙に「理不尽なクレームや過度な要求」に対する第一観光バスの意見広告が掲載されました。

広告を見た人がSNSへ投稿すると、あっという間に拡散され大きな反響を呼びました。

以下、そのいきさつと、交通事業者へのカスハラに関する実態調査を取り上げながら、私たちが何を学べるかを見ていきます。

秋田の第一観光バス
「その苦情、行き過ぎじゃありませんか?」

以下、意見広告からの引用です。

(カスタマーハラスメントについて)

 近年、些細なことで理不尽なクレームや過度な要求をするお客様がおられます。確かに、当方に非があり、お詫びする場合もありますが、車内外のドライブレコーダーで確認し、非がないことをお伝えしても一方的に攻撃されます。
 バスやタクシーの運転手は、一般の方が朝食を食べている時間帯からもうハンドルを握っており、オペレーターは電話の受付業務をしています。そうして子供たちの通学、高齢者の通院・買い物など、地域の足となって交通を担っています。
 弊社はご利用者様に安全な移動を提供するとともに、社員を守ることも大切だと思っています。お客様と社員は対等の立場であるべきで、お客様は神様ではありません。今後、理不尽なクレームや要求には、毅然とした対応を取り、場合によっては乗車をお断りいたします。
 これからも公共交通機関としての使命を果たしてまいりますが、弊社の考えもご理解いただけますようお願い申しあげます

第一観光バス株式会社

この広告を出したのは、秋田県能代市を拠点に路線バスや観光バス、タクシーを運行する「第一観光バス」です。

消費者や顧客からの理不尽なクレーム、過度な要求、著しい迷惑行為は、近年「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」と呼ばれ、注目を集めているのはご存知のとおりです。

カスハラには、お店などの消費者と売り手の直接的な間柄だけではなく、企業とクライアント交通事業者と利用者なども含まれます。

厚生労働省は「顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)に関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい」としており(「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」より)、企業側が何も対策をしないと安全配慮義務違反となる(違反した場合には損害賠償請求に応じなくてはならない)可能性があるようです。

交通事業者に対するカスハラは、近年増加傾向に

秋田の第一観光バスでの話に戻りますが、同社では2023年の1月と2月だけでも以下のようなカスハラに悩まれていたとのことでした。

  • 「バス運転手ににらみつけられた」
  • 「路線バスに乗れなかった。無料のタクシーを出せ」
  • 「運転が荒すぎる。運転手をクビにしろ」

これらは、運転記録などを確認してもほとんどが事実と異なる指摘だったようです。

参考:朝日新聞デジタル「お客様と社員は対等」広告話題 理不尽な「カスハラ」に悲痛な叫び

厚生労働省が2020年(令和2年)に調査した結果では、「過去3年間に勤務先で顧客からの著しい迷惑行為(カスハラ)を一度でも受けた」という割合は15.0%でした。

一方で、交通・物流業界の労働組合からなる全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)が2021年(令和3年)11月に公表した調査結果(対象組合員2万908人)によると、回答者の46.6%が「なんらかの形で乗客からカスハラを受けたことがある」と回答しているようです。

厚生労働省の調査では過去3年間という期間の区切りがあり、またそれぞれの調査時期も違うものの、交通・物流業界に限れば約半数近くの人がカスハラを受けたことがあるという事実に大きなブレはないでしょう。

交運労協「悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査」の結果概要

それでは、交通・物流業界の46.6%が悩まされているカスハラの実態はどのようなものなのか、交運労協のアンケート調査を見てみましょう。

以下、出典:全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)「悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査」

1. タクシー、バス、鉄道では半数以上がカスハラ被害に

直近2年間で利用者などから迷惑行為の被害にあった業種は、タクシーが58.0%と最も多く、バスが54.4%鉄道が52.4%と続きました。また、航空が41.8%、観光サービスが40.4%と高い割合でした。

被害経験が「11回以上」の割合が10%を超えた業種は、鉄道、バス、海運・港湾でした。大半が1回〜5回である一方、11回以上というのはカスハラが日常的に起こる現場であることを想像させます。

2. 直近2年間でカスハラが「増えている」と感じている

直近2年間でカスハラが増えていると感じている人が57.1%です。中でも、航空、バス、トラック、鉄道でそのように感じている人が多いようです。

3. カスハラの内容は「暴言」が約半数。SNSでの誹謗中傷なども

カスハラの内容としては「暴言」が49.7%と最も多く、何度も同じ内容を繰り返すクレームが14.8%、威嚇・脅迫が13.1%と続きました。ほか、割合は少ないものの、SNS・ネットでの誹謗中傷(0.8%)、セクハラ行為(1.1%)などがありました。

業種別のカスハラとして、鉄道やタクシーでは暴力行為が多いという特徴があります。鉄道については、遅延やダイヤが大幅に乱れているとき、乗客が駅員に詰めよっているシーンをたまに見かけますが、それが発展して暴力にいたるケースが考えられます。また、タクシーの場合は閉鎖的な空間であり、酒に酔った乗客を乗せることも少なくないため、暴力行為を受ける危険性が高いといえるでしょう。

4. カスハラをする人物像。「男性」が86.4%、「40代〜60代」が70%以上

カスハラを行う人は男性が86.4%と圧倒的に多く、年代は40代〜60代が70%以上(40代が20.6%、50代が29.2%、60代が20.5%)という結果になりました。この結果には、生活実感としても納得できる方が多いのではないでしょうか。

5. 72%が「相談できる人が必要」と回答。しかし、39.5%の企業が対策なしの現状

「迷惑行為を受けた後に、そのことについ 相談できる人が必要だと思いますか?」という設問に対して、「必要だと思う」と答えた人が72.0%でした。

一方、「あなたの企業で実施されている迷惑行為への対策について選択してください(3つまで選択可能)」という設問では、「特に対策はされていない」と答えた人が39.5%でした。

以上から、従業員と会社側に大きなミスマッチがあることが理解できます。体制整備や教育研修などの面で、企業のカスハラ対策の進展が望まれます。

6. アンケートの自由回答から得られる、たくさんの洞察

交通機関に関するカスハラでは、数だけではなく自由回答からも独自の特徴が見られるようです。たとえば、

  • 乗車拒否ができない
  • 発生時に1人で対応しなくてはならない負荷が大きい
  • 会社ではなく、SNSをはじめとしたネット(不特定多数)に晒されやすい
  • 若い女性が従業員であることが多い航空業界は、セクハラ被害が多くさらに威圧的な態度を取られることが多い

といった声があります。

アンケートの自由回答から引用してみましょう。

  • 公共交通であるという理由からか、どんなお客様であっても運送を拒絶できないのが現状です。料金を少なく支払う、違反を強要するようなお客様であっても、配車を停止するすべがありません。(タクシー関係)
  • ICカードが使えない時にそのことを威圧的になじられ、バスを蹴飛ばされたことがあります。1人で何名ものお客様を対応しているので、変わったお客様がいるとやはり精神的に疲れます。(バス関係)
  • SNSの普及により、クレームが届く場所が「会社」ではなく「ネット」になりつつあります。カメラによる撮影をされる事が多くあります(記念撮影を除く、普段の業務や列車を撮影する際に乗務員も写されている)。(鉄道関係)
  • ここ数年、SNSを利用した誹謗・中傷が多く、写真を撮られることもあります。社員である前に、1人の人間として個人の尊厳が守られていないと感じます。(鉄道関係)
  • 名札など名前が分かるものを身に付けていると、 SNSに投稿される恐れがあります。ネット上などで誹謗・中傷を受ける可能性があり、イニシャル表記などにすることでリスク回避するマニュアルを整備すべきだと思います。(複数回答)(バス関係)
  • お客様からの盗撮や、呼ばれる際に臀部や腰を触られることが多々あります。CAの同僚との会話の中で、同じ経験をしている者が10名近くいました。会社として対策を講じることもなく、泣き寝入りしている状態です。お客様もCAは何も言い返せないことをご存知で、今後エスカレートしないよう何か対策を講じて社員の精神面や身体の安全を確保していただきたいです。(航空関係)
  • 航空業界は接客をしているのが若い女性が多いこともあり下に見られやすいのか、クレームを強く言われることが非常に多いです。特に50代~60代の男性の威圧的で理不尽なクレームが多く、それが非常に苦痛になっています。上司も何か特別なケアをしてくれるわけではないので、専門的な機関にすぐ繋ぐことが出来たり、精神的なアフターフォローが受けられる仕組みが必要だと感じます。(航空関係)

カスハラ対応は「従業員任せ」ではなく、
「企業側の姿勢」が問われる時代に

悪質なクレームや暴言について、調査で「40代〜70代」「男性」からの被害が多いという結果が出たことは、実は医学的な面でも実証されています。

その鍵は加齢により発症しやすく、2025年には5人に1人が患う可能性があるという発表もされている「認知症」にあります。認知症は脳の働きの異常が原因で発症しますが、その症例の中には感情の抑制が効かなくなる社会性が失われてしまうといったケースもあり、「善悪の区別がつかなくなる」「威圧的な態度になる」「暴力的になる」という行動につながってしまうことがあるようです。

そのため、今後の超高齢化社会の観点から考えると、いくらモラルを訴えてもカスハラの減少は現実問題として難しいのかもしれません。特に公共交通期間では、前述のアンケートの回答のように、現状「乗車客を選べない」という大きな壁があります。

しかし、交通機関の安全は同乗者全体の生死を揺るがす大きな問題です。

働き手の数が減少していく中で、スタッフ個人に対応を任せ続けることのリスクは、その企業だけの問題だけではなく、社会全体に影響を与える大きな問題につながりかねません。

悪質なカスハラをする人に対して、もし「乗車拒否」を行使できたら。
そして、それが従業員一人の責任とならずに、会社や法律上で守られた権利として行使できたら。

従業員の安全や安心はもちろん、お客様全体の命を守る判断につながるかもしれません。

そのような中で、今回の第一観光バスが訴えた意見広告は、社会全体に一石を投じるものだったに違いありません。

まとめ

第一交通バスの意見広告は、秋田の地元紙への掲載という全国的に見れば小さな出来事ではありましたが、公共交通は乗客の命を預かる箱です。この波紋が大きく広がり、交通・運輸業界全体や国策としてカスハラ対策が徹底されることを願わざるを得ません。

もしカスハラ現場に居合わせた乗客であれば、バス会社、鉄道会社、タクシー会社など、その企業に電話をしたり、あまりにも酷い場合は警察に連絡したりすることで、被害に遭っているスタッフを守ってあげることができるかもしれません。

以下のカスハラに関する過去記事もあわせてお読みいただき、あなたができることはないか、ぜひ考えてみてください。

カスハラに関する過去記事

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