就職活動やインターンシップでハラスメント被害にあった経験があるという人は、4人に1人にのぼるそうです。これは、2017~2019年度に大学や専門学校などを卒業した男女1,000人を対象に、厚生労働省が行った調査結果です。
被害に遭うのは女性ばかりではありません。
容姿を揶揄する「セクハラ」から、従来から「圧迫面接」として知られているような「パワハラ」、内々定を出した学生に、以降の就職活動を終えるよう働きかける「オワハラ」など、ハラスメントの内容はさまざまです。
厚生労働省のアンケート調査でも、「被害にあった」という性別の割合は男性26.0%、女性25.1%で、男性の方が高いという結果も出ているようで、ハラスメントがセクハラに限られないことがわかります。
企業や採用側として、無意識に加害者になってしまわないためにも、また、学生側や社会全体が被害をなかったことにしてしまわないためにも、ハラスメントの実情と、NGな会話の理由を知ることが大切です。
採用サイトや企業の担当者が優位な立場を利用した事件
2020年10月、就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートのグループ会社社員が準強制性交等の容疑で逮捕されました。
容疑者は就職活動中の学生とOBを繋げる「就活アプリ」を用いて、学生を「就活用PR動画の作成を手伝うから、打ち合わせをしよう」などと呼び出し、アルコールに睡眠作用がある薬物を混ぜて昏睡状態の女性にわいせつな行為をはたらいたようです。
恐ろしいことに、この容疑者には多数の余罪があり、多くの学生が被害にあっていました。
参考:文春オンライン「『OB訪問アプリ』で就活女子大生をホテルに誘い出し……リクルートグループ社員30歳の“卑劣すぎる手口”」
2021年の6月には、近鉄グループホールディングスの採用担当者が就職活動中の大学生に「エントリーシートの添削をしてあげる」などと誘い、ラブホテルへと連れ込み不適切な行為をしたという事件がありました。
参考:文春オンライン「『厳重な処分を行う』近鉄採用担当者が就活中の女子学生に“不適切行為”」
このように、ニュースで取り沙汰される悪辣な就活ハラスメントがある一方で、さらに多くの就活生を悩ませているのが言葉によるハラスメントです。言葉のハラスメントは表面化しにくく、リモート面接が増えていることも被害が減らない要因のようです。
ドン引きしながらも、ハラスメントに耐える就活生たち
就活とは少し逸れますが、名古屋市の河村たかし市長が東京オリンピックの金メダリストのメダルを噛み、謝罪会見でも「最大の愛情表現だった」とコメントしてさらに大炎上していたように、残念ながらハラスメントやモラルの意識が低い人も存在します。
ハラスメントに該当する採用担当・面接官からの会話例
- 「就活のアドバイスをしてあげるから2人でご飯にいこう」と誘われた
- 「化粧が濃い」「気が強そう」「背が高い」といった容姿にまつわる言及
- パンツスーツで面接へ向かうと「女性なのになぜスカートではないのか」と問われた
- リモート面接で「彼氏と住んでるの?カメラをまわして部屋を見せて欲しい」といわれた
- リモート面接で「スタイルがよさそうだね、立って全身を見せて欲しい」と要求された
- 恋人の有無や結婚願望を尋ねられた
- 結婚後仕事を続けるか、子供を産むつもりかと尋ねられた
- 家族の仕事や学歴や健康状況について尋ねられた
- 子供の頃の家庭環境について尋ねられた
- 宗教や政治に関する話題を尋ねられた
- 血液型を尋ねられた
もしかすると、担当者がアイスブレイクとして場を和ませようと雑談をしたのかもしれません。しかし、相手に不快感を与えては、場を和ませるどころではありません。
あなたは、これらの質問がなぜハラスメントに当たるかを説明できますか?
憲法で保証されている「職業選択の自由」と就職差別の関係
日本国憲法では、「職業選択の自由」が保証されている一方で、雇用主にも採用方針、採用基準、採否の決定など、「採用の自由」が認められています。
しかし、その「採用の自由」よりも尊重されるべきは、応募者の基本的人権を侵さないということです。
ハラスメントの会話例で挙げたように、募集や選考を行う業務の適性・能力に関係のない事項で採用を判断した場合、就職差別につながるおそれがあります。
このような採用に関する注意点は、厚生労働省でも詳しいガイドラインが公開されており、具体的に以下の14項目が挙げられています。
就職差別につながるおそれがある14事項
本人に責任のない事項の把握
- 本籍・出生地に関すること(注1)
- 家族に関すること
- 住宅状況に関すること
- 生活環境・家庭環境などに関すること
本来自由であるべき事項の把握(思想・信条にかかわること)
- 宗教に関すること
- 支持政党に関することの把握
- 人生観・生活信条などに関すること
- 尊敬する人物に関すること
- 思想に関すること
- 労働組合(加入状況や活動歴など)、学生運動などの社会運動に関すること
- 購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
採用選考の方法
- 身元調査など(注2)の実施
- 本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用
- 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
※これらに限られるわけではありません。
(注1)「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当します。
(注2)「現住所の略図等」は、生活環境などを把握したり、身元調査につながる可能性があります。
これら14項目は、採用に限らず、一般的な社会生活でもハラスメントになる可能性があるため、ぜひ気をつけたいところです。
就活中に覚えておきたいこと
原則として、自分が応募したり選考を受けたりする業務に直接関係のない質問には答える義務はなく、不適切な質問があった場合には「業務に直接関係のある質問をいただけますか?」など返答できればよいのですが、そのような強気な返答をするのはなかなか難しいですよね。
特に新卒採用では焦りが出てしまうと、何がなんでも食らいつき、ちょっとやそっとのことは我慢しそうになるものです。しかし、上記のようにあなたの基本的人権を侵害するような言動が見られた場合には、「上手な切り返しができていなかった」「素直に従うのが社会人のマナーだったのだろうか」などと悩む必要はありません。
ハラスメントについて、社会の目は年々厳しくなってきています。ハラスメント対策やジェンダーに配慮した職場ほど、社会と調和し、長く残っていくようになるでしょう。
大きな会社であれば、社員ひとりにそこまでの権力はありません。また、匿名で相談できるコンプライアンス窓口などを設けている場合もあるため、そういったところに相談をするのもひとつの方法です。
小さな会社の採用面接であったり、複数人の担当者から被害にあってしまった場合は、無理に合格しても入社後もハラスメントに悩まされる可能性が高いため、思い切って別の会社を選択するのがよいかもしれません。
録音という防衛手段
ハラスメント被害の防衛手段としては、録音は有効な手段です。問題が起きた場合に証拠となるというだけではなく、録音を宣言してしまえば相手も変なことは言えませんから、牽制や抑止にもつながります。
面接の場合には「自身の振り返りのために、録音をしてもよいでしょうか?」などと事前に確認してみるのがおすすめです。
もし、録音はNGと言われてしまった場合も、実は面接での無断録音は違法にはなりません。ただし、無断録音した音声を一般に公開してしまい、個人や企業が特定できる場合には、プライバシーの侵害や名誉毀損になる場合があるため、「仕返しにSNSで暴露して炎上させてやろう」という使い方はNGです。
参考:PRESIDENT Online「就活の面接『こっそり録音』は違法なのか」」
録音にあたっては、スマートフォン向けの無料アプリVoistandがおすすめです。録音中にリアルタイムでの自動文字起こしが可能であるほか、ICレコーダーやZoomなどで収録した音声をインポートし、文字起こしの実行やデータ管理ができます。
また、面接中は緊張してしまい、細かなやりとりを思い出せない……という方は、音声や文字起こしテキストで振り返ると、よかった点や悪かった点を冷静に把握できますよ。
まとめ
いかがだったでしょうか?
ハラスメント防止の大前提である「相手の立場に立って考える」というのはとても大切な姿勢ですが、特に採用の場面では相手のことをまったく知らない状態であるため、抽象的な心がけだけでは難しいケースがあります。
これから長い時間を過ごす仲間と出会うであろう、大切な「採用」という場で、採用側がハラスメントの加害者にならず、就活生側もハラスメント的な言動に対して自信を失わないためには、上記のような事例を知ることはもちろん、それぞれの質問や話題がなぜNGなのかを、あらかじめしっかりと考えておくことが大切です。