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防衛白書(令和5年度版)から見る自衛隊のパワハラ・セクハラ問題への対応策

この記事のサマリー

  • ハラスメントによる処分者数は2年で82人から173人へと倍増
  • 2,000件を超える相談のうち約8割をパワハラが占める
  • 相談しても十分に対応してもらえないケースが多いのが実情
  • 部隊を「家族」と考えることが、甘えや抑圧が発生しやすい風土に
  • 2022年からは「ハラスメントを一切許容しない組織環境の構築」を掲げる

目次

自衛隊のパワハラ・セクハラ事件が後を絶ちません。

報道によれば、この7月と8月だけでも停職などの懲戒処分が数件あったそうです。広く知られている事件としては、昨年、五ノ井里奈さん本人が勇気をもって実名告発した度重なるセクハラ問題でしょう。

参考:FRIDAYデジタル「朝も昼も…22歳元女性自衛官が受けた『壮絶セクハラ』の闇」

災害救助などで自衛隊が国民に必死に尽くす姿を思い起こすと、ハラスメントが横行している組織であるとは考えたくありませんが、ハラスメントを事由とする処分者数は2019年度(82件)から2021年(173件)にかけて倍増しているのが実情です(後述参照)。

このように、自衛隊のハラスメント問題が世間から注視されている中、防衛省は8月下旬に『防衛白書(令和5年度版)』を公表しました。

ハラスメント対策については、

  • 第IV部 共通基盤などの強化
    • 第2章 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化など
      • 第2節 ハラスメントを一切許容しない組織環境の構築

という部分で、3ページにわたってまとめられています。

以下、防衛白書の中でハラスメント問題がどのように扱われているのかと、現在実施中のハラスメント防止対策について見ていきます。

データ・画像出典:防衛省『防衛白書(令和5年度版)』

ハラスメントによる処分者数は2年で倍増

自衛隊では、暴行・傷害・パワハラなどの規律違反の根絶を図るため、2020年3月から懲戒処分の基準を厳罰化しました。その影響もあってか、2019年度は82人だった処分者数は、2020年度には117人に、さらに2021年度には173人にのぼりました。つまり、2年間でほぼ倍増していることになります。

なお、厳罰化以降、2021年度までにハラスメントを事由とする懲戒処分者数は372人であったとのこと。中でも、もっとも重い「免職」が15件であり、すべてセクハラが事由とされています。

ハラスメント相談件数は2年連続で2,000件超え

自衛隊員からの相談に対応するホットラインは、設置された2016年度は年間109件だったそうです。それ以降、年々増え続け、2021年度には2,311件、2022年度には2,122件と、2年連続で2,000件を超えました

特に、相談件数の約8割を占めるパワハラは「隊員の人格・人権を損ない、自殺事故にもつながる行為であり、周囲の勤務環境にも影響を及ぼす大きな問題である」とし、教育・啓蒙や体制整備をはかってきました。一方、実際の効果については、

 しかしながら、これまで様々なハラスメント防止対策を講じてきたにもかかわらず、相談しても十分に対応してもらえなかったというケースが存在した。
 例えば、元陸上自衛官が訓練中や日常的にセクシュアル・ハラスメントを受けたとして、所属部隊において被害を訴えたにもかかわらず、上官への報告や事実関係の調査などが適切に実施されなかった事案である。上級部隊による調査の結果、2022年9月に性暴力を含むセクシュアル・ハラスメント行為などが確認され、さらなる調査を踏まえ、同年12月、関係者の懲戒処分を実施した。この事案は、従来行ってきた、防衛省のハラスメント防止対策の効果が組織全体まで行き届いていなかったことの表れであり、極めて深刻で、誠に遺憾である。(p.451)

と述べています。

上記2つのデータからもわかるとおり、処分者数も相談件数もここ数年で大幅に増加しており、対策の不十分さを認めた公平な評価といえます。別の視点として、ここ数年マスコミなどで自衛隊のパワハラ・セクハラ問題が次々と明るみになったことで、現場で苦しんでいる人、悩んでいる人が声を上げやすくなったことも、数が大幅に増えている一因でしょう。

現在実施されているハラスメント防止対策

2022年9月6日、防衛大臣がハラスメントの根絶に向けた措置について、

  • 全職員に対し、あらためてハラスメントの相談窓口・相談員を周知徹底のうえ、相談・通報を指示すること
  • 現在のハラスメント相談の対応状況を緊急点検し、すべての案件に適切に対応すること
  • 全自衛隊を対象とした特別防衛監察の実施
  • ハラスメント防止対策の抜本的見直しのための有識者会議の設置

を指示しました。

特別防衛監察とは、ハラスメント被害について防衛省・自衛隊の職員から申し出を受け付けることです。2022年11月末の期限までに1,414件の申し出があり、ハラスメント被害の事実関係の聞き取りや調査を進め、今年8月に結果が公表されました。すでに8件が懲戒処分の対象となったようです。

参考:防衛省「特別防衛監察の結果について」

また、ハラスメントを一切許容しない組織環境の構築のため、防衛省・自衛隊のハラスメント防止対策を白紙的かつ抜本的に見直すとともに、内部の意識改革を行うべく、2022年11月1日には「防衛省ハラスメント防止対策有識者会議」を設置。今年8月までに会議を8回開催した上で、提言が公表されました。そこでは、さまざまな予防対策、事案対策、事後対策が提案されています。

参考:防衛省ハラスメント防止対策有識者会議「ハラスメント防止対策の抜本的見直しに関する提言概要」(PDF)

ハラスメントが見過ごされやすかった背景

有識者会議による「ハラスメント防止対策の抜本的見直しに関する提言(全文)」では、部隊の中においてハラスメントが問題として向き合われにくかった土壌として、次のような理由が語られていました。

また、部隊における集団生活を基調として組織・隊員の一体性を「家族」にたとえ、これが重んじられ、多用される傾向がみられるが、「家族」やそこでの「面倒見の良さ」という言葉によって、「『家族』だからこれくらいなら許される」という誤った認識を生じさせかねない。このことから、ハラスメントという概念についても、今日まで長く真剣には向き合われることなくきたと考えられる。(p.4〜5)

参考:防衛省ハラスメント防止対策有識者会議「ハラスメント防止対策の抜本的見直しに関する提言(全文)」(PDF)

本来、「家族」であっても暴力・暴言、性的暴力・性的侮辱などはあってはならないはずです。

自衛隊員の平均入隊年齢は、任期制士(自衛官候補生)は19.9歳(18歳が約50.8%)、非任期制士(一般曹候補生)では20.1歳(18歳が約51.6%)と発表されており、いずれも高卒での入隊が7割近くを占めています(防衛省「任期制自衛官について」より)。

危険を伴う業務のため、仲間同士の信頼や絆を育むために擬似的に「家族」と表現しているのでしょう。しかし、高校などの学校を卒業したばかりで、生まれ育った「家族」を離れて間もない青少年が、社会人として属する組織でいびつな「家族」像を押しつけられたのでは、その後の人格形成に大きく禍根を残す恐れがあります。

そして、スポーツ体罰でもよく指摘されるとおり、ハラスメントは世代連鎖をしやすいという問題があります。この「世代連鎖」こそが、まさに組織の体質となり、より適切な指導や教育方法を考える機会を奪い、暴言や暴力などのハラスメントに安易に頼る雰囲気を作ることになると考えます。

このような負の連鎖は、日本社会のあちこちでまだ見られることであり、自衛隊だけの問題ではありません。しかし、いっそう色濃く残っているのが「自衛隊」という組織ではないか、実際にパワハラ・セクハラ問題が噴出している理由はどこにあるかをしっかりと見つめないと、「ハラスメントを一切許容しない組織環境の構築」の実現は難しいのではないでしょうか。

次世代への負の連鎖を断ち切るという決意の下、本質的な対策を願います。

過去記事:世代連鎖するスポーツ体罰。ハラスメントをなくすために指導者や保護者に求められる姿とは?

まとめ

以上、防衛白書の中でハラスメントに関する部分を取り上げました。

筆者が問題だと思うのは、これだけ社会を騒がせ、被害を訴える人が続出しているハラスメント問題とその防止対策に、たった3ページしか割いていないことです(p.450から452まで)。この点、世間との認識に大きなズレがあるといわざるをえません。

冒頭の

防衛省・自衛隊では、高い規律を保持した隊員を育成するため、従来から服務指導の徹底などの諸施策を実施してきたものの、近年、ハラスメントを理由とした懲戒処分が少なからず発生している。(p.450)

という一文の「少なからず」という言葉からも、事を大きくしたくない姿勢が見て取れます。

私たちは、防衛省・自衛隊のパワハラ・セクハラ問題とハラスメント防止対策のなりゆきを、引き続き注視していくことが大切です。興味のある方は、以下の過去記事もあわせてご覧ください。

過去記事:男性社会の暗黙の了解、女性軽視や同性愛嫌悪。「ホモソーシャル」の社会的な問題とは?
過去記事:令和の「内部告発事件簿」5選。不正摘発や自衛手段として活用される録音データ

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