PTSD(PostTraumatic Stress Disorder、心的外傷後ストレス障害)とは、生死に関わるような身の危険に遭遇したり、他者が死傷を負うような場面を目撃することで強い恐怖を感じたことがトラウマとなり、そのトラウマが何度も繰り返し思い出されて恐怖を感じ続けてしまう症状です。
体験の種類によってもPTSDを発症するかどうかは変わってきますが、人に打ち明けにくいような辛い体験では発症しやすい傾向にあります(戦闘、虐待、性被害など)。ただし、PTSDを発症した全員が慢性的なPTSDの症状に悩まされるということではなく、発症から数か月間で自然回復する人が6~7割程度といわれています。
それではPTSDの基礎知識として、原因となる体験、4つの症状、複雑性PTSDとの関係、周りの人の接し方を見ていきましょう。
PTSDの原因となる体験
交通事故、火事、地震、津波などの自然災害、戦争、暴動、テロなどの残虐な行為、虐待、性被害、いじめ、強盗などの個人的に耐えがたい体験がPTSDの原因となることがあります。
虐待や暴力(特に性被害)などの被害を受けた人はひとりで苦しむ傾向にあり、PTSDを発症しやすいとされています。震災などの自然災害もPTSDの原因となりえますが、家族や親類、近隣の人びとと被害に関する辛い気持ちを共有できるため、PTSDを発症せずに済む人が比較的多いようです。
PTSDの4つの症状
PTSDの症状には、大きく分けて「再体験」「回避」「過覚醒」「否定的感情と認知」の4つがあります。これらの症状が1か月以上続き、日常生活や社会生活に支障がある場合に、PTSDと診断されます。
1. 再体験(侵入)
トラウマとなる辛い記憶を、思い出そうとしていないのに何度も思い出してしまったり、そのことに関する悪夢を見てしまう症状です。起こった出来事をすっかり忘れたつもりでいても、あることをきっかけにそのときの辛い記憶がよみがえることもあります。たとえば、戦闘を体験した軍隊経験者が、花火をきっかけに記憶が呼び起こされたり、強盗の被害者が映画の中で銃を見ることで記憶が呼び起こされたり、といったことです。
強い症状の場合は「フラッシュバック」とも呼ばれ、まさに目の前で当時の状況が再現されているかのような感覚に陥り、周囲の呼びかけに反応しないなどの状態になることもあります。また、周りからすると、何もないのに突然感情が不安定になり、取り乱したり涙ぐんだり怒ったりするので、理解に苦しむこともあります。恐怖だけでなく、苦痛、怒り、哀しみ、無力感などいろいろな感情が入り混じった記憶が呼び起こされることが、その理由です。
2. 回避
何度も辛い記憶を呼び起こすうちに、トラウマとなった出来事を思い出すような場所、物事、人物、会話などを避けるようになります。たとえば、電車で痴漢被害に遭ったために電車に乗ることを避けたり、津波で家族を亡くしたために海に近寄らなくなったり、いじめを避けるために学校に行かなくなったり、といったことです。
こうした回避行動によって、通学時に電車を使えず車での送迎が必要になったり、海が見えない交通手段をあえて選ぶことで移動に時間がかかってしまったり、学校に行けないため学習機会や人間関係を学ぶ機会が減ったりと、日常生活や社会生活に支障が出ることもあります。
また、辛い記憶に苦しむことを避けるために、感情や感覚が麻痺することもあります。そのために家族や友人に対してこれまで持っていたような愛情や優しさなどを感じられなくなったり、人に心を許すこともできなくなりがちです。重症の場合は自分が体験したことの記憶が抜け落ちてしまっていたりします(解離性健忘)。
3. 過覚醒
辛い記憶を思い出していないときでも緊張が続き、常にイライラしている、ささいなことで驚きやすい、警戒心が極端に強くなる、ぐっすり眠れないといった、過敏な状態が続くようになります。たとえば、わずかな音や臭いなどの刺激にも過剰に反応してしまうことで、精神の安定、集中力、睡眠などに支障が出ることがあります。
また、常に周囲に対して気を張ってしまうため、心身ともに疲れ果て、気分がすぐれない状態が続きます。それまで温厚な性格だった人でも怒鳴り散らすようになることもあります。
4. 否定的感情と認知
起こった出来事について、自分や他人、社会に対して否定的な感情や責める気持ちが浮かんできます。特に、当時の自分に行動に対して強い罪悪感を覚えることもあります。たとえば、自然災害でほかの人は亡くなったのに自分は生き残ったことへの罪悪感を抱くなどです。
「どうせ私が悪いんだ」「周りの人も私を嫌っている」「誰も信用できない」「こんな思いにさせる社会が悪い」といった負の感情に陥ってしまう時間が長く、他人とのつながりが希薄になったり、何事にもやる気が起きなくなったりして、強い孤独感にさいなまれることもあります。
複雑性PTSD(CPTSD)との関係
心の傷を繰り返し持続的に受け続けた結果、発症するのが複雑性PTSD(Complex PTSD、CPTSD)です。一度だけの体験に由来する単純性PTSDに対して、このように呼ばれます。
複雑性PTSDは、幼少期に親から暴力や暴言、性的虐待、ネグレクト(育児放棄)などの家庭内暴力や虐待を通じて、心のダメージを受け続けて育った人に起こりやすいといわれます。また、両親の離婚や、親は子どものためを思って塾や習い事に無理やり通わせたことが原因になることもありえます。
複雑性PTSDでは、PTSDに共通する4つの症状に加えて、次のような自己組織化の障害が顕著に見られます。
- 感情の調整障害
キレやすい、自傷行為や自殺念慮など。
絶望感、孤独感、抑うつなど、外ではなく内に向かう感情もあります。 - 否定的な自己認識
自己評価が低く、社会や未来に対する考え方も否定的となります。
また、他者と親密な関係を持てず、社会や他人が信用できなくなります。 - 対人関係の障害
上記から、他人と信頼関係を築くことが難しくなり、人間関係が安定しません。
これによって、本人と周囲が深く苦しむことがあります。
さらに、複雑性PTSDの人には、PTSDと比べて「解離症状」と「愛着障害」が多いといわれています。解離症状は、非常に辛い心の苦しみから逃れ、自分を守るために、感情や記憶を切り離すという心の働きによって起こります。愛着障害は、親(保護者)との関係が不安定だったことで、情緒や大人関係に問題が生じている状態であり、「過度に人付き合いを恐れる」、逆に「誰に対してもなれなれしい」といった症状として現れます。
複雑性PTSDと他の疾患との類似性
複雑性PTSDの人には、次のような疾患と類似の症状が現れることがあります。
- 境界性パーソナリティ障害などの各種人格障害
- 双極性障害
- ADHD(注意欠陥・多動性障害)
- 学習障害
- 睡眠障害
- 不安障害
- うつ病
- アルコール依存などの各種依存
- 仕事が続かない
- 高血圧
- 過食
複雑性PTSDの診断には高度な専門性が必要です。多様な症状が現れる可能性があることから、幼少期にどのような育て方をされ、どのような辛い体験があったのか、心にどのようなダメージを受けてきたのかといった観点から、関連する症状を含めて総合的に判断できる医師との面接による診断がもっとも重要とされます。
PTSDの人との接し方
PTSDの症状を引き起こすような辛い経験は、当の本人はもちろん、もし周りの人がその話を聞いたときには、不安や恐怖を感じたり、動揺したりするものです。そのため、心ならずもその人に対して不適切な言動をしてしまうかもしれません。
まず、正しい言動として心がけたいのは、次のような点です。
- 遅刻や病欠、仕事の効率の低下などがありえるが、それを責めない
- 感情の起伏が激しく、突然怒ったり悲しそうな雰囲気になったりするが、それを受け入れる
- トラウマになった出来事について本人が話そうとしているときには、できるだけ時間をとって聞く
- 話を聞くことに専念し、遮らないようにする。込み入った質問はしない
逆に、安易に同情や共感を示したり、ましてや相手の体験を軽視したり、責任を追求したりといった言動は厳禁です。当の本人がもっとも辛いということを、周りの人が理解し、配慮し、必要であれば支えてあげる必要があります。
まとめ
以上、PTSDの基礎知識をまとめました。
PTSDには該当しなくても、誰にでもトラウマといえるような「心の傷」が大なり小なりあるものです。たとえば、厳しい親に育てられたため、大きな声や物音に敏感だったり、暗い夜道を歩いているときに身の危険を感じる体験をしたため、通勤帰りにふと足がすくんだり、以前の職場で上司から高圧的な態度をとられ続けたため、押しの強い人との交流が苦手だったり、といったことです。
他人にとっては取るに足らないように思えても、当の本人にとっては耐え難いことがあります。
普段の言動の中で、相手の「心の傷」に気づいたら、適切な距離感、適切な態度で接することを心がけましょう。