パワハラ、セクハラ、モラハラなど、世の中にあふれるハラスメント。
たびたび報じられる国会議員の秘書に対する暴言や暴行、スポーツ界での指導者から選手への圧力や暴力、組織内でのパワハラやセクハラに関する不幸な事件。
ハラスメントへの対抗策として、「ボイスレコーダーで録音を」と考えている方も多いでしょう。
では、相手に黙って録音をすることの違法性や適法性、録音した音声データの証拠能力について、どのように考えておけばよいのでしょうか。
秘密録音と盗聴は、明らかに異なるもの
秘密録音は無断録音や無許可録音とほぼ同じ意味で使われるのに対し、盗聴は意味が異なります。
- 秘密録音 = 会話当事者の一方が相手方の同意を得ずに会話を録音すること
- 盗聴 = 人の会話をひそかに聴取または録音すること
まず、秘密録音は会話の当事者の誰かが録音をするのに対し、盗聴は会話の当事者ではない第三者が録音する可能性がある点に違いがあります。
また、盗聴は、電波法、有線電気通信法、電気通信事業法などで通信の盗聴(傍受)行為が取り締まり対象になることや、通信傍受法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)によって、捜査機関による組織犯罪の摘発にあたって、盗聴(傍受)が一定の要件の下で可能とされることは、秘密録音とは明らかに異なります(詳しくは、盗聴は違法なのか? 関連する法律や証拠能力、盗聴の違法性をケース別に解説を参照)。
両者に共通するとすれば、どちらも証拠保全という目的があり、録音している事実を知らない人が存在する点です。このことが「プライバシー権の侵害に当たるのではないか」という懸念があるのも事実です(後述参照)。
秘密録音は違法なのか?
結論を先取りすると、最高裁の判例(平成11(あ)96)では、秘密録音は違法ではないとされています。
ある詐欺事件に関連して、相手の同意なしに行われた秘密録音について、最高裁では「たとえそれが相手方の同意を得ないで行われたものであっても、違法ではない」と判断しました。最高裁の判例なので、すべての裁判所の判断に対して拘束力を持ちます。
別の身近な例で考えてみましょう。
会社の上司と部下が、強いハラスメントをともなうような会話をしており、部下が会話を録音しようと考えています。このとき、上司が発覚を恐れて「録音をするなよ」と命令したケースはどうでしょうか。
過去の判例によれば、録音相手の人格を反社会的な方法で侵害しないことや、労働者の自己防衛という正当な理由があれば、録音禁止の命令を破っても、就業規則違反や労働契約違反を問われることはないようです。
ただし、録音すること自体が法的に禁止された場所や、民法第1条(信義誠実の原則)に反するかたちで秘密録音を行った場合、録音した音声データの証拠能力は低いとされる可能性が高いでしょう。たとえば、法廷内での裁判所の許可を得ない録音、保護性や秘密性の高い会議での録音などです。
プライバシー権の侵害はどうでしょうか。
この点は、録音そのものが違法なのではなく、音声データの収集方法や、開示や漏洩の仕方によっては、プライバシーを侵害する可能性がある、ということになります。
たとえば、社内の上司Aさんからの部下Bさんへのパワハラが常態化しているとします。パワハラに該当しそうな会話を同僚のCさんがたびたび録音し、会社の法務部に報告。社内調査や取締役会の判断にもとづき、Aさんに何らかの処分が下されました。
Aさんが知らない間に会話を録音され、音声データを勝手に法務部に提供されたことは、Aさんのプライバシー権の侵害にあたるのでしょうか。
民法第720条(正当防衛及び緊急避難)では「他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない」とされています。Cさんの行為は、同じ職場に属する自分が快適に働く権利を守ること、第三者であるBさんや他の人の同様の権利を守ること、つまり「正当防衛」にあたると考えられるのです。
なお、よく耳にする「プライバシー権」という権利は、実は日本では法律として明文化されていない点に注意しましょう。日本国憲法第13条(個人の尊重)や、民法第709条(不法行為による損害賠償)などにもとづいて判断されるものであり、肖像権や環境権などと同様に、あくまで通称として使われる言葉です。
秘密録音の音声データの証拠能力は?
こちらも結論を先取りしましょう。前出の最高裁判例で「その録音テープの証拠能力は否定されない」とされています。
法律実務としても、反社会的な手段で録音した場合などを除いて、秘密録音で収集した音声データは証拠能力があると考えられています。脅しによって話させた内容や、不法侵入によって盗聴した場合などは、証拠能力が否定される可能性があります(特に、刑事訴訟の場合は「違法収集証拠排除法則」があることに留意)。しかし、このような明らかに不当な手段で録音した会話でない限り、証拠能力が認められる可能性が高いのです。
なお、音声データの証拠能力が認められることと、裁判での判決に対する影響は別物です。発言にいたる経緯や文脈が明らかにならないケースがあったり、ある発言に対する解釈や見解は一様ではなかったりするからです。
したがって、音声データは複数存在したほうが、状況をいっそう明らかにできる可能性があるため、高い証拠能力が認められるといえます。
まとめ
以上から、一般的に「秘密録音は違法ではなく、音声データに証拠能力はある」と結論づけられます。
不幸にも何らかのハラスメントを受ける立場になり、対策を講じようと考えるのであれば、状況証拠だけでなく、物的証拠を積み上げていくことが大切。訴訟の現場では、秘密録音の音声にもとづく証拠提出は、すでに珍しくないようです。
発言内容の記録、同僚など第三者の証言などのほか、実際の会話を録音した音声データが、あなたの強い味方になるはずです。