カスタマーハラスメント(カスハラ)という言葉はご存知でしょうか?
カスハラは、自社の従業員に対する、顧客・取引先からの暴言や暴力、悪質なクレームなどの著しい迷惑行為のことをいいます。正当な「クレーム」や「ご意見」の範囲と、カスハラとの線引きが難しいという大きな課題があります。
本来、企業は労働者の生命及び健康等を危険から守るよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っているのですが、この判断の難しさからガイドラインの作成や対応は後回しにされやすく、何も対策を行っていない現場が多いようです。
さらに、今年の6月末には札幌市役所にマスクをしない集団が押しかけ、市長との面談を要求、1時間にわたって応対した職員3人が新型コロナウイルスに感染したというニュースがあったように、直接的な健康被害に関するトラブルも増加しています。何も対応をしないという状況では、安全配慮義務違反となってしまうおそれがあるのです。
参考:デイリー新潮「札幌市役所に押しかけた「ノーマスク集団」の正体 デモで“コロナの嘘”を呼びかけ?」
コロナ禍でのカスハラは増えたのか?
コロナ禍で新しい生活様式が求められる中、2021年のカスタマーハラスメント調査では、カスハラが減ったという人はわずか5.7%で、約6割が「変わらない」と回答する一方、「増えている」と感じている人が4割近くいたようです。
特に、サービス業(学校・教育産業)で働く人については、平均して約8割が増加していると感じています。
クレームやハラスメント行為の内容も大きく変わっています。「マスク拒否」「営業時間に関する苦情」「新型コロナウィルス陽性者が発覚した店舗に、責任を取れと怒鳴り込む」といった、従業員や職員の健康を脅かす内容が増えています。
なお、コロナ禍の不安や孤独、マスクやビニールシート越しでの接客で声が聞き取りにくいこと、そのコミュニケーションストレスから問題が起こりやすくなっているともいわれています。
カスハラ行為とは?
カスハラ行為としては、オンラインとオフラインの両方で、次のようなものが該当します。
- 大声で怒鳴り、長時間にわたる苦情
- 従業員の身体的特徴や性別・年齢などを揶揄
- 胸倉をつかむ、突き飛ばすなどの暴行
- 「バカ」「このやろう」「役立たず」といった罵声
- SNSで誹謗中傷する
また、コロナ禍では次のようなケースもあるようです。
新型コロナウィルスについて報道され始めたときに、「トイレットペーパー、マスク、消毒液」についてドラッグストアで店員さんに詰め寄る顧客について耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか?
在庫の有無を尋ねるにとどまらず、「なぜないのか」と責め立てたり、怒鳴りつけたり、罵声を浴びさせたりするのは、クレームでもなくカスハラなのはおわかりでしょう。
また、別のアンケート調査では、次のようなリアルな声も挙げられています。
- マスクをしていたため、笑顔で対応しておりましたが、生意気な女だからレジから出てこいと言われ、おでこにデコピンをしようとしたので、よけたら名前を教えろなど怒鳴られました。
- コロナ渦関連でマスクもせずにクレームを言われ、興奮していたため、飛沫が気になった。
- コロナの対応について三度電話あり。マスクをしないバカな客は帰らせろ、不要不急の買い物ではないバカな客は帰らせろ、バカな若者は店に入れるな。
- 食品売り場のレジで教育中、何をやっているんだよ!と再三言いがかりをつけてきた。ここは、暇なんだな、おまえ、ババアだろ!ババアじゃないか!と大声で近づいてきて、コロナ移してやろうか!と至近距離に近づいてきたのでピッチで保安に連絡をした。
- とにかく店で行ってるコロナ対策に対して協力的ではなく自分の考えばかり主張してくる。店の取り組みはあくまでも国が決めた法律ではないから知らない等言われどうにもならなかった。裁判でも勝てるとか言って後で駆けつけた警察官に対応を任せたが、どうにもならなかった。
一方、悪質な客を排除したら売り上げが増えた、というお店もあるようです。対応に要する時間や、心理的負担による従業員のパフォーマンスなどが改善されたことが理由と考えられます。
人員不足の企業やお店ほど、カスハラ客に対して毅然として対応する必要性を、早急に検討すべきかもしれません。
カスハラは犯罪になるのか?
厚生労働省は、2021年度に企業向けの対応マニュアルを策定する方針と発表しています。
詳細はマニュアルに記載されるかと思いますが、雇用管理上の配慮として事業主が行うことが望ましい取り組みの例として、以下が挙げられるようです。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮のための取組(メンタルヘルス不調への相談対応、行為者に対して1人で対応させない等)
- 被害防止のための取組(マニュアル作成や研修の実施等、業種・業態等の状況に応じた取組)
参考:厚生労働省「顧客等からの著しい迷惑行為の防止 対策に関する取組について」(PDF)
また、前述の事例にあったような行為については、度が過ぎれば侮辱罪や暴行罪、業務妨害罪、強要罪などの犯罪に当たることもありえます。
当然、カスハラが続くようであれば、対応する従業員に大きなストレスがかかり、離職の原因になることも考えられます。
上述の実態調査でも、顧客対応全般に関するマニュアルを作成していると回答している人はわずか3割であり、カスハラに対して内容が十分なマニュアルを作成していると回答したのは、そこからさらに3割との回答でした。
厚生労働省のマニュアルがすべての企業にフィットし、どのようなトラブルの解決にもつながる、というのは難しいでしょうから、安全配慮義務の観点からも1日も早く、企業ごとでカスハラ対応を進めるのが得策なのではないでしょうか?
どこから対応をはじめるべきか?
参議院議員会館でカスハラに関する世論喚起や法整備の必要性を訴え、「カスタマーハラスメント」実態調査の結果報告を行ったUAゼンゼン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)では、悪質クレームの定義とその対応に関するガイドラインを公開しています。
悪質クレームの実例から、実刑判決のあった判例や悪質クレームの判断基準が記載されています。
一部を抜粋します。
悪質クレームの類型別判断・対応
(1)判断基準
基本的には、判断を明確にしやすく個々の社会通念に照らして判断すればよい。
- 欠陥があった商品の代金より、高額な賠償を要求
- 謝罪として土下座を求めるもの
- 従業員の解雇を求める要求
- 自社製品以外の要求
- 不当な返品を要求(返品期限を過ぎている返品など)
- 実現不可能な要求(法律を変える、子どもを泣き止ませるなど)
- <発生した事実に対して、相応に対応したにもかかわらず、社長や企業トップをだせという要求
判断基準や対応方法についても細かく記載があるため、まずはこのガイドラインを参考に組織内で研修や周知を行い、意識の統一を進めるのがよいかもしれません。
また、自治体での取り組みとしては、千葉市が不当要求行為についてウェブサイト内で名言しており、マニュアルを公開しています。こちらも参考になるでしょう。
不当要求に関する社内での意識統一だけではなく、顧客や取引先といった社外に対する周知によって牽制することもできます。
宣言例については、企業リスクの調査と対応支援を行っている会社のコラムが非常にわかりやすかったため、ぜひ参考にしてみてください。
「最近、一部のお客様から、従業員に対して、度を越えた暴言や暴力行為、長時間にわたる苦情申し立てによる拘束、対応できる範囲を超えた無理(社会通念を超えた)な要求への対応の強要等の行為が頻発しています。
当該お客様の事情・言い分を執拗に振りかざし、特別扱いを求めるこのような行為は、犯罪行為が行われる場合があるほか、他のお客様への対応の時間を無視して執拗かつ長時間に渡り行われるなど、多くのお客様に当社商品・サービスへのご満足度を高めていただく観点からも、当社としては到底看過できるものではありません。
当社としては、コンプライアンスの観点及び、他のお客様へご迷惑をおかけする事態を回避すべく、このような理不尽な行為に対しては、警察その他の関係機関と連携しながら、断固として対応してまいります。」
こういった企業リスクに関するサポートを行っている企業や、弁護士などのプロの力を借りて取り組みを始めるのもよいでしょう。
対応時の証拠の残し方は?
いずれにしても、不当な要求を受けている際や、暴言を受けているといった状況をひとりで抱え込まずに、組織や社会の問題として立ち向かうには、録音や録画といった第三者が後からでも検証できるような証拠を残すことがおすすめです。
「対応の適切さについて検討を行うためにも、ご意見を録音させてください」などと声をかけ、録音をすることを伝えることで、少しでも自分の態度に非があるという自覚がある相手の場合は、スッと引くかもしれません。
激昂中の相手にそのように伝えるのはなかなか勇気が必要かもしれませんが、担当者が複数絡めるのであれば、別の従業員や職員がそのように切り込むのもおすすめです。
もちろん、行き過ぎた要求や暴言について裁判に発展した際には証拠として活躍してくれるでしょう。
録音機器に関しては、ICレコーダーやスマートフォン標準の録音アプリなどさまざまありますが、スマートフォンをお使いの方はAI録音アプリ「Voistand」がおすすめです。
会話中でもリアルタイムに自動文字起こしができるため、録音終了後もすべての音声を聞き返す必要がなく、ご自身での振り返りや第三者への共有が手軽に行えます。
いざというときのため、スマートフォンにインストールしておくことをおすすめします。
まとめ
いかがだったでしょうか?
「お客様は神様です」という言葉は、今や昔。働き手も不足している昨今では、企業や組織がしなやかに生き残っていくために、いかに従業員を守るかが求められています。
モンスタークレーマーのように、声の大きなお客様ほど目につきやすいですが、物言わぬ優良なお客様もまた企業の対応はよく見ているものです。
組織や社会全体として、カスタマーハラスメントに対する取り組みを広げられることを望みます。