盗聴は「会話当事者の双方に無断で、人の会話をひそかに聴取または録音すること」です(会話当事者のうち一方が行う「秘密録音(無断録音)」は、盗聴とは区別して考えます。秘密録音に関するこちらの記事を参照)。
文字どおり「盗み聞き」を意味しますが、すべての盗聴行為が違法というわけではありません。詳しくは、盗聴に関する法律の部分で説明します。
ひとくちに盗聴といっても、単に聞く(聴取する)だけなのか、録音するのかでは、大きな違いがあります。
聞くという行為であれば、発言や会話の内容がその人の記憶にとどまるだけですが、録音した場合はその発言や会話を第三者に対して正確に再現できるからです(もちろん、記憶にもとづく証言であっても、示談や和解の決定的な交渉材料になったり、裁判などで重要な証拠となる可能性はあります)。
また、聴取や録音にあたっては、盗聴器などの特別な機器を設置することもありえます。機器の設置場所や設置方法によっては、犯罪として刑法上の罪に問われる場合があるほか、裁判での証拠として認められない可能性があります。
盗聴に関する法律を理解しよう
日本には盗聴を直接取り締まる法律はありませんが、盗聴の仕方によっては刑法や情報通信法令に触れる可能性があります。
刑法
第130条(住居侵入等)は、正当な理由なく、人の住居など(人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船)に侵入した場合に成立する、住居侵入罪や建造物侵入罪を定めています。
たとえば、直接の盗聴や盗聴器を仕掛けるために、他人の住居に勝手に侵入した場合は、これらの罪に問われる可能性があります。
また、第260条(建造物損壊罪)、第261条(器物損壊罪)は、他人の所有物を損壊した場合に成立する罪を定めています。
たとえば、盗聴器を仕掛けるために、壁面のコンセントの蓋を剥がして傷をつけたり、壁に穴を開けたりといった場合は、これらの罪に問われる可能性があります。
電波法
携帯電話やスマートフォンを含む無線通信に適用される法律です。
第59条(秘密の保護)で「何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない」と定めています。
つまり、無線通信の傍受(盗聴)によって知り得た情報の漏洩や盗用を禁じています。「何人も」と書かれているとおり、無線通信の事業者だけでなく、一般の人にも適用されます。
有線電気通信法
第9条で「有線電気通信の秘密は、侵してはならない」 と定めています。
この法律は、有線電気通信設備の設置や使用を規律するものです。有線の電話機の会話を盗聴した場合、同法が定める罰則(第14条)により処罰される可能性があります。
電気通信事業法
第4条第1項で「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」と定めています。また、同条第2項では「電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする」と、守秘義務を定めています。
この守秘義務は電気通信事業者を対象としたものであり、一般の人にはほぼ関係がありません。
日本国憲法
日本国憲法第21条は「集会・結社・表現の自由」を定めた条文としてよく知られている一方、第2項で「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めていることは、あまり知られていません。
この条文の後段は「通信の秘密」と呼ばれており、国家権力(警察など)によって一般国民の通信の秘密がみだりに侵害されないことを保障しています。
通信とは、憲法成立当初は信書(葉書や封書)を指していましたが、現在では電信、電話、電子メールなども含むとされています。国家権力が必要性なく、一般国民の電話の内容を盗聴することは、憲法が定めた「通信の秘密」に抵触するおそれがあります。
通信傍受法
1999年(平成11年)に制定された通信傍受法(正式名称「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」)では、捜査機関による通信傍受を一定の要件の下で認めています。
裁判所がその必要性を認めた組織犯罪の捜査に限定され、通信傍受の対象は電話やFAX、メールなどのさまざまな通信手段を含みます。犯罪捜査という公共の福祉の要請にもとづき、通信傍受の要件を厳格に定めるなど、必要最小限の範囲で傍受を認めるものであり、日本国憲法の「通信の秘密」に反するものではないとされます。
いずれにしても、捜査機関の犯罪捜査に関する法律であり、一般の人にはほぼ関係のない法律です。
証拠能力に関する民事と刑事の違い
盗聴によって収集した音声に、「証拠能力」はあるのでしょうか。
まず、証拠能力とは「証拠としての資格」のことであり、裁判官が証拠として採用できるかどうかの基準となります。
証拠能力の考え方については、刑事訴訟と民事訴訟で異なる点に注意が必要です。
刑事訴訟法上、「事実の認定は、証拠による」(証拠裁判主義、第317条)と定められており、裁判における事実認定は証拠能力のある証拠によって行われなければなりません。そして、証拠能力が認められるためには、自然的関連性があること、法律的関連性があること、証拠禁止に当たらないことが必要とされます。
ここで、証拠禁止に当たる場合とは、違法収集証拠排除法則(日本国憲法第31条など)によって証拠とすることができないケースをいいます。違法な盗聴によって収集した音声は、違法収集証拠排除法則によって証拠禁止に当たるため、原則として証拠能力が認められません。
たとえば、他人の住居に不法に侵入し、盗聴器を設置したうえで収集した音声は、証拠能力が認められないことになります。
一方、民事訴訟法上は、証拠能力に特別な制限はないため、違法の程度が極めて大きい場合は別として、どのような手段で収集されたものであっても、証拠として採用される可能性があります。
この点を補足すると、無断録音テープの証拠能力が問われた裁判で、「その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」(東京高裁、昭和52年7月15日)と判断した有名な判決があります。
なお、この裁判で問われた無断録音テープは、お酒の席で関係者の発言を知らぬ間に録音(秘密録音)しただけであり、その人たちの人格権を著しく反社会的な方法で侵害したということはできないとして、結論としてはその証拠能力が認められています。
以上をまとめると、次のとおりです。
合法的な盗聴 | 違法な盗聴 | |
刑事訴訟 | 証拠能力あり | 原則として、証拠能力なし |
民事訴訟 | 証拠能力あり | 証拠能力が認められる可能性がある |
なお、それぞれの証拠の証明の程度(証明力)は、民事訴訟上も刑事訴訟上も、裁判官の自由な判断に委ねられます。このことを「自由心証主義」といいます(民事訴訟法第247条、刑事訴訟法第318条)。
自分から見て決定的な証拠だと考えられるとしても、判決にどの程度の影響を与えるかはわからず、裁判官の判断に任されている、ということです。
ケース別に考える盗聴の違法性
以下の4つのケースから、録音を前提にした盗聴の違法性や、録音データの証拠能力について考えてみましょう。
ケース1:子どもの通学カバンに盗聴器を入れて録音
学校で子どもがイジメを受けているようです。今月だけで筆箱を3回もなくしたり、何度も服をひどく汚して帰ってきました。朝、学校に行くときも、以前のような明るさがなくなり、少しうつむきがちに家を出ます。
そこで、イジメの存在を明らかにするために、親が子どもの通学カバンに盗聴器を入れておいたところ、子どもがイジメを受けている様子を録音することに成功しました。そこで、この親はイジメっ子の親に対して民事訴訟を提起し、損害賠償を請求しました。この録音データは、民事訴訟の証拠として採用されるでしょうか。
親が盗聴器を入れた通学カバンは自分の子どもの所有物ですし、この録音の違法性が指摘されることはほぼないでしょう。そのため、この録音データは、民事訴訟においてイジメの存在を証明する証拠として採用される可能性が高いといえます。
ケース2:マンションで隣室の音を集音マイクで録音
週に数日、マンションの隣室から、夜中に大声が聞こえてきます。はっきりとは聞き取れませんが、どうも自分への悪口が含まれているようです。1か月ほど前、ゴミ出しのルールの件で少しだけ注意したことが、相手の癇に障ったのかもしれません。
そこで、壁越しの音を聞こえやすくするための集音マイク(コンクリートマイク)を用意。ICレコーダーにつなぎ、大声が聞こえはじめたタイミングで録音をスタート。このような方法で隣室の声を録音した場合はどうでしょうか。
マンションの自室での録音行為ですので、ただちに違法となるわけではありません。ただし、もしその録音内容をインターネット上にアップロードするなどして、隣人のプライバシーを侵害した場合は、民事上の不法行為責任が問われる可能性があります。
ケース3:自宅リビング内の会話を盗聴器で録音
夫婦のどちらか一方が、他方の浮気を疑っているとします。自宅リビングのエアコンの側面に、小型で目立たない盗聴器を設置。不倫の証拠となる会話の録音に成功した場合、この録音データは民事訴訟の証拠として採用されるでしょうか。
自宅リビング内で会話を録音したとしても、その違法性が指摘されることはまずないでしょう。したがって、この録音データは、相手方配偶者の不倫を証明する証拠として採用されるでしょう。
ケース4:向かいの家の植え込みに盗聴器を設置し、録音
ある閑静な住宅街に住む主婦がいたとします。数年前から、道を挟んだ向かいの家の奥さんと仲が悪く、顔を見ても挨拶をしないような間柄です。
性格が合わないからだと割り切り、気にしないように過ごしていましたが、先日、向かいの奥さんと近所の別の奥さんが、わが家をジロジロと見ながら悪口を言っているようでした。別の奥さんとは仲がよく、たまに道端であれこれと話す間柄だったので、余計に気になります。
そのような状態が数か月つづき、とうとう疑心暗鬼に。向かいの家の敷地に無断で入り込み、玄関先の植え込みに盗聴器を仕掛け、会話の録音を試みた場合はどうでしょうか。
盗聴器を仕掛けるために、他人の家の敷地に無断で入る行為は明らかに違法であり、住居侵入罪にあたると考えられます。その際に植え込みの枝を折ったりすれば、器物損壊罪が問われる可能性もあります。
もっとも、民事訴訟上は、このように違法な手段で収集されたものであっても、証拠として採用される可能性がある、という点に留意しましょう。
まとめ
盗聴の違法性について、関連する法律、録音データの証拠能力、ケーススタディをもとに解説しました。
盗聴によって収集した音声は、裁判の際の証拠という観点だけでなく、特に民事上の示談や和解の際に、自分の立場を有利にするために交渉の材料として使われることもあります。いずれの場合も、違法な盗聴によって収集した音声は、相手側から違法行為であることを指摘され、揚げ足をとられてしまう可能性があるので、気をつける必要があります。
また、録音データをどのように扱うのかという問題もあります。録音データの存在をほのめかして相手を脅す行為は、脅迫罪、強要罪、恐喝罪に該当する可能性がありますし、プライバシー侵害を理由に不法行為(損害賠償)責任を追及される可能性もあります(この点は後日、別の記事にまとめたいと思います)。
みなさんが盗聴の違法性を理解するための一助になれば幸いです。
※ この記事は、弁護士のチェックを受けた上で公開しています。