先日の記事 賃貸契約前の「重要事項説明」とは? トラブル回避のためには会話の録音を では、個人でのマンション賃貸契約を前提に、契約前の「重要事項説明」について解説しました。
個人の賃貸契約では、地域にもよりますが、敷金1〜2か月分、礼金1〜2か月分というケースが大半です。一方、店舗(テナント)やオフィス(事務所)の賃貸契約では、敷金ではなく「保証金」という名目で預け金を支払うことが多く、店舗の場合は3〜10か月分、オフィスの場合は3〜6か月分が相場のようです。
敷金と保証金の用途は同じであり、賃料などの債務担保や原状回復の費用に充てられます。店舗の保証金が高い理由は主に、
- 売上が時期によって大きく変動する可能性があり、家賃滞納のリスクや、場合によっては早期に閉店するリスクあること
- 借主が内装や外装を造作工事を行った場合、退去時に原状回復ができなければ貸主が行う必要があること
の2つです。
このように店舗やオフィスの賃貸契約は比較的高額になるため、契約前の重要事項説明では十分な注意と確認が必要です。
それでは、店舗やオフィスの賃貸契約の重要事項説明で気をつけるべきポイントを5つ解説します。
ポイント1:契約解除の条件
借主の責任で契約解除を請求される事項(賃料滞納、倒産、火災など)を確認しましょう。
特に「賃料滞納」については、「何か月分の賃料なのか」が問題となります。たとえば、「1か月」とされている場合、賃料の支払いをうっかり忘れてしまった場合でも、契約を解除されてしまうリスクがあります。
また、貸主の「更新拒絶」によって、契約期間満了と同時に契約が解除される可能性もあります。ただし、借主保護のため、更新拒絶には、
- 契約終了の1年前から6か月前までの間における更新拒絶の通知
- 契約終了後の遅滞なき異議(借主の更新請求や使用継続の拒絶の意思表明)
- 立ち退きを認める正当事由
が必要となります(借地借家法第5条)。
ポイント2:中途解約金
貸主は中途解約をされてしまうと、次のテナントがすぐに決まらなければ、賃貸収入がゼロの期間が続くことになってしまいます。
このようなリスクを軽減するために、契約途中で簡単に解約(契約終了)をされないように、違約金として「中途解約金」を特約で設定しているケースがあります。たとえば、2年契約で中途解約金が「残存契約期間分の賃料と共益費」となっている場合、契約6か月で中途解約をすると、残存契約期間は1年6か月です。
1か月の賃料と共益費が30万円とすると、30万円×18か月=540万円の中途解約金を借主が負担することになります。
ただし、次のテナントがすぐに決まるような物件では、中途解約金を1年6か月分も支払うのはあまりにも非現実的であり、貸主の暴利行為に該当する可能性があります。これまでの判例からも、中途解約金の相当期間は6か月から1年程度と考えらます(なお、個人のマンション賃貸の場合は1か月程度が相場です)。
とにかく、中途解約金の条件や想定される金額をよく確認しておきましょう。
ポイント3:内装・外装工事の業者選定
店舗やオフィスとして賃貸する場合、内装工事や外装工事が必要な場合があります。どの業者に依頼するかは、借主の自由……というわけではなく、貸主の指定業者に依頼しなければならないケースがあります。
ここで、通称「A工事」「B工事」「C工事」と呼ばれる区分を確認しておきましょう。
発注 | 業者の選定 | 費用負担 | 主な対象 | |
---|---|---|---|---|
A工事 | 貸主 | 貸主 | 貸主 | ビルの躯体(くたい)部分 共用施設に関わる部分など |
B工事 | 借主 | 貸主 | 借主 | 借主の要望で、貸主の権限で行う工事 建物全体に関わる部分など |
C工事 | 借主 | 借主 | 借主 | 内装工事など、借主が発注して行う工事 |
A工事やB工事については、業者の選定は貸主です。C工事は借主が業者を選定するのが通常ですが、もし貸主の指定業者に依頼する旨の記載がある場合は、他の業者に変更することはほぼ不可能です。大型ビルや大手不動産会社所有のビルのテナント契約でよくあるので注意しましょう。
ポイント4:設備と原状回復
設備(物件の属性)については、飲用水(上水道)、排水施設(下水道)、電気・ガスの供給の整備状況や、調理場・台所、トイレ、冷暖房、照明、電話回線などの整備状況の記載があります。入居後に「電気容量(アンペア数)が足りない」「インターネット回線が遅い、自由に引き込めない」「電話回線数が少ない」「天井照明がなく、別途購入が必要」などの事態がありうるため、細かく確認しましょう。
また、これらの設備が故障したときやメンテナンスについて、貸主と借主のどちらが費用を負担するのかも確認しておきましょう。民法第601条で「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる」と規定されているとおり、設備の修理やメンテナンスは「ある物の使用及び収益を相手方にさせること」に該当するため、原則として貸主が費用を負担します。
しかし、重要事項説明書や契約書で、一部の設備の修理費用は借主の負担とされている場合や、前の借主が置いていったものなどは設備として記載されていない場合があります。これらについて双方の認識に違いがあると、「どちらが修理費用を負担するのか」でトラブルになる可能性があります。
筆者が知っている店舗でも、換気扇のダクト(排煙管)が故障し、貸主と借主のどちらが修理費用を負担するのかで揉めた末に閉店してしまったケースや、上水道の配管に不具合があるのに貸主が修理費用の負担を拒絶したため、賃貸契約を解除(解約)して別の場所に移転してしまったケースがあります。
近年では、開業費用をできるだけ抑えるために、居抜き物件でスタートする店舗も多いでしょう。居抜き物件では「どこからどこまでが物件に固有の設備であり、それぞれの修理費用は貸主と借主のどちらが負担するのか」が、きちんと整理されていない可能性があります。前の借主が置いていった設備や内装がすぐに故障してしまい、想定外の買い替え費用や撤去費用がかかってしまった、というケースもあるので注意しましょう。
上記の関連として、退去時に必要な原状回復の範囲もしっかりと確認しましょう。原状回復の工事業者は貸主が指定するのが通常ですが、契約書で取り決めのない場合は、借主が見積りなどを比較した上で業者を指定し、費用を抑えられる可能性があります。
ポイント5:周辺環境(騒音・臭気対策)
特に住宅街にある飲食店は、騒音(大きな話し声など)や臭気(ダクトから排出される臭いやタバコの臭い)が近隣トラブルにつながるケースがあります。また、住宅街ではなく商店街であっても、たとえば美容室とラーメン店が隣り合っており、ラーメン店の臭いに対して美容室がクレームを入れたことで、トラブルに発展したケースもあります。
重要事項説明の際には、このような近隣トラブルが過去にあったかどうかを確認しておきましょう。事前に近くの店舗や住民に聞いておくと、より確実です。
店舗ではなくオフィスの場合は、喫煙所の扱いが特に問題となります。大規模なビルでは「全館禁煙」または「特定の喫煙所のみで可」のところが多く、入居者全員がそれに従わざるをえません。一方、小規模なビルのオフィスでは、たとえばベランダや外階段に灰皿を置き、そこを喫煙所としている場合があり、これが近隣のオフィスや住民からの「臭い」や「火災の危険性」などのクレームにつながる恐れがあります。
オフィス移転の際は、これまでとは異なるルールやマナーが必要とされるなど、新しい環境について従業員の理解を得ておくことが大切です。
まとめ
以上、店舗やオフィスの賃貸契約の重要事項説明で気をつけるべきポイントを解説しました。
店舗やオフィスの賃貸は、保証金や工事などにかかる金額が大きく、貸主と借主の双方にリスク要素が多い契約です。この記事では主に借主の視点から解説しましたが、貸主にとっては借主の倒産や廃業、失火などのリスクのほか、軽飲食(カフェ、バー、スナックなど)から重飲食(たくさんの油や火を使い、煙や臭いが大量に出やすい飲食店)に用途を勝手に変えられたり、深夜営業をはじめてしまい、近隣とトラブルになったり、といったリスクがあります。
また、飲食業界で間借り営業(元の店舗が利用していない時間帯に、別の店舗が自分のお店として営業すること)が一般的になっていますが、法的にはグレーとされ、食中毒などの食品衛生上のトラブルが起こったときに両方の店舗が営業停止処分を受けたり、貸主にとっても用途変更の手続きが必要になったり、近隣環境への影響などの点で管理者責任が問われたりする可能性があります。
賃貸契約前の「重要事項説明」とは? トラブル回避のためには会話の録音を でも説明したとおり、ポイントとして挙げた点を重要事項説明の際に確認するとともに、会話全体を録音をするのが確実です。また、不動産会社と宅建士は重要事項説明書に記載する内容に責任を持ちますので、自分にとって重要な事柄は書面に加えてもらうことも検討しましょう。
録音にあたっては、スマートフォンの無料アプリを使うと便利です。
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