みなさんも「アンガーマネジメント」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。
アンガーマネジメントは、怒りの感情を自分でうまくコントロールする方法です。その必要性の認識は紀元前にまでさかのぼります。古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは「怒ることは誰にでもできる。ただ怒るのは簡単なことである……しかし適切な相手に、適切な程度に、適切な場合に、適切な目的で、適切な形で怒ることは容易ではない」と述べているとおり、古代においても「怒り」という感情をうまく管理することの大切さが指摘されているのです。
時代は大きく下り、1970年代のアメリカでアンガーマネジメントが心理教育や矯正プログラムとして注目されはじめました。その後、企業研修や心理カウンセリングなどの現場で活用されるなど、広く一般化することに。近年、さまざまな「パワハラ事件」が社会的な注目を集める中、その必要性があらためて認識されています。
さて、アンガーマネジメントの目的は、それを学ぶことで「怒らないようになること」ではなく、
- 怒る必要のあることはうまく怒れるようになること
- 怒る必要のないことは怒らなくて済むようになること
です。
それでは、アンガーマネジメントに関する基礎知識を解説します。
企業におけるアンガーマネジメントの必要性
企業においてアンガーマネジメントに関する教育や研修が必要な理由は、主に次の4つです。
1. ハラスメントの防止
仕事を進める上で、上司が部下に指示や指導をすることは当然のことです。時には厳しい口調で伝えることもありえますが、怒りの感情を相手にぶつけるような言い方ではパワハラになってしまう可能性があります。
このようなことが積み重なると、部下のモチベーションの低下、部署やプロジェクトチームの生産性の低下につながり、結果として企業の収益性の低下を招く恐れがあります。
また、パワハラの実態がリークされ、マスコミなどで大々的に取り上げられた場合は、企業価値が大きく毀損され、経営問題にも発展しかねません。
2. 従業員のメンタルヘルスの向上
怒りを抱えたままイライラとした状態で仕事をすることは、メンタルヘルスに悪影響を与えます。アンガーマネジメントを身につけることで怒りをコントロールできるようになると、ストレスを減らすことができ、心の健康の維持向上につながります。
近年、多様な価値観やライフスタイルを互いに認め合う社会へと変わりつつあります。自分とは異なる価値観と接するたびに怒りやストレスを感じていたのでは、自分自身の心の健康を害してしまいます。自分と考え方が異なる人の意見を素直に聞けるようになることで、視野の広がりや良好な人間関係にも資するでしょう。
3. コミュニケーションの円滑化
相手に対する怒りの感情は、理解不足や誤解などのミスコミュニケーションを生み出す温床になります。怒りをコントロールし、相手の発言を先入観なく冷静に判断できるようになることで、コミュニケーションが円滑になる可能性を高めます。
また、たとえば上司が怒りっぽい人の場合、部下はコミュニケーションを取りたがりません。このことが、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の阻害要因となり、業務上のミスやトラブルにつながる恐れがあります。
4. 生産性の向上や離職率の低下
上記の結果、従業員が仕事に向き合う姿勢の改善、モチベーションの向上などがもたらされ、結果として生産性が向上することが期待できます。離職率の低下などの副次的な効果も生まれるはずです。
自分の「怒りのタイプ」を診断しよう
アンガーマネジメントのためには、まず自分の「怒りのタイプ」を知ることが重要です。
怒りという感情には、自分が身につけている価値観、性格、思想信条などが紐づいています。たとえば「何を大切と考えているのか」「どのようなことをされると嫌なのか」は十人十色です。
まずは、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の「無料アンガーマネジメント診断」で、自分が以下の6つのタイプのうちどれに該当するかを診断してみましょう。
1. 熱血柴犬(公明正⼤タイプ)
道徳⼼が強く、正義や信念を貫くタイプです。他人のルールやマナー違反が気になり、 ちょっとした⾏動にもイライラしやすく、「許せない」と感じてしまう傾向があります。
他人がルールやマナーに反する行動をとっても、自分が迷惑を被らないことに対しては腹を立てても仕方がないと考え、怒る必要のあることとそうでないことをしっかりと線引きすることを心がけましょう。
2. 白黒パンダ(博学多才タイプ)
向上心があり、論理的で完璧主義なタイプです。何事にも白黒つけたがる傾向があり、好き嫌い、良い悪い、敵味方などに二分して考えたり、自分が納得するまで突き詰めて考えたりします。このような性格から、優柔不断な人に怒りを覚える傾向があります。
世の中には白か黒かではっきりと判断できるものはばかりではないこと、自分の主観だけでなくさまざまな視点から物事を見ることを心がけましょう。
3. 俺様ライオン(威風堂々タイプ)
⾃尊⼼が高く、リーダー向きのタイプです。一方、自己中心的で他人に対して居丈高になったり、他人からの評価を必要以上に気にし、軽く扱われたりしたときにイライラしたりする傾向があります。
相手をコントロールしたり、承認欲求を満たしたりすることでなく、相手が求めることにも注目することを心がけましょう。
4. 自由ネコ(天真爛漫タイプ)
⾃⽴⼼が強く、⾃分の考えを素直に主張できる一方、他人に合わせることを嫌がるタイプです。自分の主張が通らないことや、はっきりとものをいわない人にイライラする傾向があります。
自分の考えだけで人を動かそうとしないこと、時には相手を立てることを心がけましょう。
5. 頑固ヒツジ(外柔内剛タイプ)
温厚で穏やかな雰囲気ながら、強い意志を内に秘めているタイプです。思い込みが激しく、意見が異なる相手に耳を貸そうとせず、独りよがりになる傾向があります。
事実にまっすぐ向き合うこと、自分と異なる考えや意見も認めることを心がけましょう。
6. 慎重ウサギ(用⼼頑固タイプ)
用心深く慎重に行動するタイプです。警戒⼼が強く、人との衝突を避けようとすること、心を開いて人間関係を築くことにストレスを感じる傾向があります。
必要以上の用心深さは、他者を疑うことにもつながるため、信頼関係の妨げになります。人をよく観察し、信頼できる相手には過度な警戒心を持たないように心がけましょう。
覚えておきたい「怒りを静める」5つの方法
アンガーマネジメントの目的は、怒りという感情を上手にコントロールすることです。5つの代表的な方法を覚えておき、必要に応じて使えるようになりましょう。
怒りのピークは「最初の6秒」といわれています。その6秒間を「うまくやり過ごす」ことが、5つの方法の共通点です。
1. 思考を停止させる(ストップシンキング)
いったん怒りを覚えてしまうと、過去のさまざまな出来事を思い出し、怒りが増幅する可能性があります。そうなるとコントロールがますますむずかしくなり、感情にまかせた言動にいたってしまう可能性が高くなります。
頭の中で考えること、思い出すことをやめてみましょう。
2. 怒りを静める言葉を唱える(コーピングマントラ)
コーピングは「切り抜ける」、マントラは「呪文」という意味。「冷静に」「落ち着け」「何とかなる」といった怒りを静める言葉を心の中で唱えることで、冷静さを取り戻しましょう。
なお、「コーピング(coping)」は、心理学では「ストレスに対処するために行われる個人の認知的および行動上の努力のこと」と定義されます。つまり、怒りもストレスの一種であり、他人ではなく自分を害しかねないものと考えると、できるだけ避けたほうがよいことが理解できるはずです。
3. 怒りを10段階で数値化する(スケールテクニック)
自分がどのくらい怒っているのか数値化することで、怒りを静める方法です。
過去にもっとも怒りを感じた出来事を10とすれば、いま感じている怒りはどのくらいだろう、と考えます。高くても5、たいていは2か3といった数値におさまるのではないでしょうか。このように冷静に考えることで、怒りをおさえることができます。
4. 別のものに意識を向ける(グラウンディング)
怒りを覚えたときに、別のことに意識を向けることで、心を落ちつかせる方法です。
スマートフォンや時計、ペンなどの身近なものを凝視してみたり、窓の外の様子に注目してみたり、今日の夕食や週末の過ごし方を考えたりするとよいでしょう。
5. 仕切り直す(タイムアウト)
大きく深呼吸したり、頭の中でゆっくりと1から6まで数えたりすることで、怒りのピークタイムをやり過ごす方法です。まさにスポーツの試合中にタイムアウト(一時休止)をとるように、トイレや給湯室に行くなどその場を離れるのもよいでしょう。
冷静さを取り戻したあとに、何をどのように伝えるべきかを考え、実際に相手に伝えましょう。
まとめ
以上、アンガーマネジメントに関する基礎知識を解説しました。
筆者がアンガーマネジメントを知ったのは、2000年代の前半、社会人になってから間もないころでした。その後、NLP(神経言語プログラミング)でコミュニケーション手法を少し学んだあと、アドラー心理学(20世紀初頭に、オーストリアの精神科医、アルフレッド・アドラーが提唱した心理学)に出会い、怒りの裏側には不安や落胆などのネガティブな感情があること、相手への過度な期待が、そのようなネガティブな感情の原因になっていることを学びました。
この記事でアンガーマネジメントを深く知りたいと持った方は、ぜひアドラー心理学にも興味を広げ、怒りは他人を害するだけでなく自分も害すること、他人も自分も害しないためにはどのように考え、行動すべきかを学んでいただければと思います。