2024年3月19日、日本政府は「こども性暴力防止法案」を閣議決定しました。正式名称は「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案」です。
この法案には、通称「日本版DBS」と呼ばれる、学校や認可保育園をはじめとした子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないかを確認する制度が盛り込まれています。
それでは、日本版DBSの概要を見ていきましょう。
DBSとは何? 日本版とは?
DBS制度とは、Disclosure and Barring Service(前歴開示および前歴者就業制限機構)の頭文字をとったものです。
DBSは、イングランド、ウェールズ、チャンネル諸島、マン島において、雇用者に対し求職者の前歴照会を行うほか、「子どもや脆弱な大人と接する仕事に就けない者のリスト」を作成し、前歴者の就業禁止決定もを行う制度です。オリジナルのDBSでは、高齢者や病気のや障がいのある成人に関する職業も対象になるのに対し、日本ではこども家庭庁の有識者会議によって、子どものみを対象として法案づくりが進められたため、現状は「日本版DBS」と区別した呼び方をしています。
イギリスのDBSは、1986年に公的機関に採用される者の犯罪歴チェック制度からはじまりました。これにより、公立学校や公立病院などの公的機関に直接採用される被用者、ボランティアを対象に犯罪歴証明書請を利用する制度として広まることに。その後、対象となる職業を広げるなどの拡充が図られ、2012年に現在のDBS制度が確立しました。
DBSとは名称は異なりますが、ドイツやフランスなどにも同様の制度が存在します。ドイツでは「無犯罪証明書」の発行が2010年に、拡張無犯罪証明書取得対象者の拡大が2012年に制度化されています。フランスでは早くも1899年に「前科簿」が制度化され、現在では「国家前科簿発行制度/FIJAIS登録情報」という名称で運用されています。
日本版DBSでは、学校、保育所、幼稚園、児童養護施設に対して求職者の性犯罪歴照会を義務化し、データベースの利用を希望する民間業者には認可制度を導入する予定です。照会結果は「無犯罪証明書」として発行することが想定されています。
対象となる性犯罪と期間
日本版DBSでは、照会できる犯罪歴の範囲は、不同意わいせつ罪、盗撮、痴漢行為などの性犯罪の刑法犯(被害者が大人のケースも含まれる予定)を想定しています。
ただし、確認対象となる性犯罪履歴は「裁判所の認定を受けて、有罪判決が確定した」ものに限定されています。(オリジナルのDBSでは確定した犯罪ではなく、子どもや弱者に対する不適切な行動も含み、雇用主には従業員の不適切な行動を通報する義務があります)。検察官が不起訴とした事件については、裁判所の事実認定を受けておらず、事実認定の正確性を担保する制度的保障がないため、対象からは外れるようです。
犯罪歴が登録される期間については、懲役刑および禁固刑(2025年6月から拘禁刑に統合)では刑期終了から20年間、執行猶予の場合は裁判の確定日から10年、罰金刑以下は刑期終了から10年間です。
注意すべきは、現在働いている人も対象となる点です。その人に性犯罪歴が確認された場合、事業者は子どもと関わらない部署への配置転換などの対策を行うことができ、対策が不可能な場合には解雇も許されるという方向で検討中です。
前述のとおり、確認対象となるのは「裁判所の認定を受けて、有罪判決が確定した」ものに限定されています。示談交渉の結果や、黙秘や否認により「不起訴処分」となった事件については登録されません。
不起訴処分を照会の対象から除外することや、職業選択の自由に反するのではないかという点、一部の痴漢事件などでは実は冤罪でも長期拘束を回避するために罪を認めてしまうというケースがあり、詳細についてはまだ疑問の声も挙がっているようです。
性犯罪歴の有無を確認する事業の範囲
日本版DBSでは「学校や認可保育園をはじめとした事業」が対象となり、就労者の性犯罪歴の有無を確認する必要がありますが、具体的な範囲は次のとおりです。
性犯罪歴の確認が「義務」となる事業者
- 学校
- 認定こども園
- 保育所
- 児童養護施設
- 障害児入所施設
登録によって性犯罪歴の確認が「可能」となる事業者
- 学習塾
- 予備校
- スイミングクラブ、少年野球チームなどのスポーツクラブ
- タレント養成所、ダンス教室などの技芸養成所
まとめると、まず学校や認可保育所など法律上認可の対象となっている施設は、性犯罪歴の確認は「義務」です。
その他の事業者については、研修や相談体制の整備など、「一定の条件をクリアした場合は性犯罪歴の確認の対象」となります。また、義務とはされない民間施設についても、一定の規模以上であれば対象となり、認定を受けた事業者は国によって公表される見通しです。
一方で、対象となった事業者が性犯罪歴の確認義務に違反した場合、何らかのペナルティーを科すとされており、許認可の取り消しなども視野に検討しているとのことです
性犯罪歴の確認手続きの流れ
性犯罪歴の確認手続きは以下の流れになります。
- 事業者がこども家庭庁に申請
申請の際には戸籍書類の提出など、調査される対象者も関わることになります - 照会結果
性犯罪歴なし
事業者に「犯罪事実確認書」が交付される
性犯罪歴あり
こども家庭庁から本人へ事前通知(2週間以内なら訂正請求が可能)
本人が内定を辞退する場合、事業者へ犯罪歴が通知されず申請却下
上記は雇用前の流れですが、現職の従業員も調査の対象となるため、犯罪歴が確認された場合には子どもと接触しない業務への配置転換などの対応が必要になります。 事業者には情報を適正に管理する義務が課され、情報が漏えいした場合、罰則が設けられるとのことです。
まとめ
以上が2024年4月現在の日本版DBSの概要です。
今後、国会審議を経て成立した場合、公布後2年半以内に施行する方針と発表されており、3年ごとの見直し・検討規定を設けるとのことです。
DBSのオリジナルであるイギリスでは、年間700万件の性犯罪歴がチェックされ、子どもへの関わりが禁止されている人は2021年4月から2022年3月で約8万8,000人、2022年4月から2023年3月で約9万4,000人もいるそうです(接する対象が「子ども」と「脆弱な大人」の2種類ある就業禁止者リストのどちらか一方、または両方に掲載された人の数。DBSの「年次報告書(Annual Report and Accounts)」より)。
日本版DBSについては、「犯罪歴の照会期間についての延長が必要なのではないか?」「犯罪歴の確認を義務づける事業者の範囲を広げるべきでは?」「職業選択の自由に反するのではないか?」「更生の機会を欠いてしまうのではないか?」というさまざまな意見があるようです。
2023年には旧ジャニーズ事務所の性加害問題が社会を揺るがすビッグニュースになり、学習塾「四谷大塚」の元講師による生徒への盗撮事件などもありました。日本版DBSの施行によって世の中がどう変わるのか、どうすれば子どもたちをよりよく守れる社会となるかは、社会の大人たち全員にかかっているという認識がとても重要です。