前回の記事 いま話題の共同親権。「DVはスマホで証拠をとれる」発言に批判殺到。現実に即した対応とは で、離婚後も父母双方が親権を持つ「共同親権」の導入を柱とする民法などの改正案(2024年4月16日に衆院本会議で賛成多数で可決。成立すれば2026年までに施行)の背景を解説しました。
今回は、共同親権に関するさまざまな疑問を、10個のQ&Aにまとめてみました。
できるだけ詳しく解説しますので、新たに導入される「共同親権」への理解を深めるために、ぜひご一読ください。
Q1: 共同親権は、どのような目的で導入されるのですか?
共同親権の導入に関する法務省の参考資料では、法案の制度設計の特⾧として次の5つが示されています。おおむね、これら5つが目的と考えてよいでしょう。
- 条約(児童の権利条約・ハーグ条約)との整合性や諸外国の家族法と親和性を踏まえた「チルドレン・ファースト」な制度
- 現在の国内法の概念・体系(親権・監護者の概念/親権剥奪・親権放棄の要件など)を維持
- 父母の一方に差別的地位(『主たる監護者』など)を付与することを回避
- あらゆる事態にきめ細やかに対応できるMECE(Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive)かつ柔軟な制度
- 原則と例外を明確にし、基本的に、例外事案のみ公権力(裁判所・児童相談所・婦人相談所など)が介入
出典:法務省「『離婚後の共同親権 ・共同監護を実現する民法の一部改正法案』概要」(PDF)
ひとつ目にある「児童の権利条約」や「ハーグ条約」と共同親権との関係について補足します。
まず、国連で1989年に採択され、日本も1994年に批准した「児童の権利条約」では、子ども(18歳未満)に関わるあらゆる決定において、社会や親の利益よりも「子どもの最善の利益」が最重要事項であり、「子どもの最善の利益」を決定する際には、子どもの意見尊重の原則を踏まえることとされています。
世界の多くの国々で共同親権が法的に認められているのは、「子どもの権利を最大限尊重することが社会のあるべき姿であり、そのためには共同親権という制度が必要」と考えられているからです。日本で共同親権を導入することには、このような国際条約との整合性を確保する意図があります。
また、「ハーグ条約」では、国境を越えて子どもが不法に連れ去られた場合には、原則として元の居住国に子どもを迅速に返還することになっています。したがって、一方の親がもう一方の親(親権者など監護権を有する者)の同意を得ることなく国境を越えて子どもを海外へ連れて行った場合であっても、もう一方の親がハーグ条約に基づいて子どもを返還するように申請した場合には、子は原則として元の居住国に戻されます。
多くの国々では「子どもの連れ去り(親権者からの引き離し)」は犯罪として扱われます。実際に、フランスでは2021年に、無断で子どもを連れて帰国した日本人女性に逮捕状を出しています。
参考:BBCニュース「仏当局、日本人女性に逮捕状 フランス人の夫が『子供の連れ去り』訴え」
Q2: 共同親権は「強制」ですか、それとも「選択制」ですか?
共同親権は、現在の単独親権に追加する形で導入され、単独親権か共同親権かは父母の協議によって決められます。つまり、「選択制」といえます。すでに離婚した父母も、単独親権から共同親権への変更を申し立てられます。
父母が合意できない場合は、家庭裁判所が親子関係などを考慮して、単独親権か共同親権か、単独の場合はどちらを親権者にするかを決定します。その場合の基準はあくまで「子の利益」です。
具体的には、DV・虐待などの存在を念頭に、次のような場合には単独親権となります。
- 父または母が子の心身に害悪を及ぼす恐れがあると認められるとき
- 父母の一方が、他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受ける恐れの有無、親権者についての協議が整わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき
- その他父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるとき
Q3: 離婚にともない、すでに親権を喪失した父母は、親権を回復できるのでしょうか?
改正案では、すでに離婚した父母も単独親権から共同親権への変更を申し立てられます。具体的には「この法律の施行前に離婚に伴い親権を喪失した父又は母は、家庭裁判所の許可を得て、親権を回復することができる」という規定です。
改正案の施行後、大量の申し立てが発生することが予想されることから、単独親権制から共同親権制に移行した際の諸外国の例にならい、裁判所による親権回復の手続きを簡素化・自動化する必要があります。そこで、親権を有するもう一方の父母の意思に関係なく、親権を喪失している父母が、一定の客観的要件を満たしていることが確認できれば、裁判所はその父母の親権の回復を許可しなければならないとされます。
以上は、単独親権制の下で親権を剥奪された父母の親権を、審査などを行わず、本人の申し立てに基づき、強制的・自動的に回復することは当然、という考えにもとづきます。
なお、もし親権を有するもう一方の父母が、他方の父母が親権者としてふさわしくないと考える場合、親権喪失等の請求を別途申し立てることになります。
Q4: 共同親権を選択した場合の「共同監護計画」とは何ですか?
離婚(婚姻取消)の際に「共同親権」を選択した父母は、子どもの養育に関するさまざまな条件を取り決め、それらを「共同監護計画」として取りまとめることが義務付けられます(一般的には「共同養育計画」とも呼ばれますが、改正案では「共同監護計画」とされます)。あわせて、「離婚後監護講座の受講」も義務付けられます。
共同監護計画は、離婚の届け出をした日から3か月以内に家庭裁判所に届け出なければなりません。裁判外紛争解決手続(ADR)を通じて父母が作成することが想定されています(なお、裁判外紛争解決手続を通じて父母が計画を作成できない場合は、家庭裁判所が定めるとされています)。
共同監護計画には、 監護者の指定、養育費などの負担、面会交流、祝日などでの面会、長期休暇や旅行、住居移動の通知、国外への連れ去り防止、安全確保、衣服や所有物の管理、日誌による記録、裁判外紛争解決手続の利用などの取り決めを含めることが想定されます。
参考:
中部 共同親権法制化運動の会「子の共同養育計画(案)」(PDF)
共同親権推進ネットワーク「『子の養育計画』について」(PDF)
Q5: 父母が極めて険悪な関係にある場合、健全な共同監護計画の作成はむずかしいのでは?
いわゆる高葛藤、つまり極めて険悪な関係にあり、理性的な話し合いが困難な状況では、健全な共同監護計画の作成はむずかしいといえます。
このような場合は、弁護士などの代理人が関与し、裁判外紛争解決手続(ADR)を利用して共同監護計画を作っていくことが想定されます。
Q6: 父母の意見が一致しない場合は、どうするのですか?
意見の不一致が起きやすい例としては、課外活動(塾、スポーツクラブ、習い事など)にかかるお金を誰が負担するかなどです。これらについて共同監護計画で「課外活動にかかる費用は、父親が70%を負担し、母親が30%を負担する」などと決めておくことで、後の争いを避けられます。
なお、当事者(父母)同士で解決できない場合を考えて、裁判外紛争解決手続(ADR)などを通じて解決すべきことを共同監護計画に含めておくとよいでしょう。
Q7: 子のさまざまな行為について、どこまで父母の同意が必要なのですか?
父母が共同親権を持つ場合、子のさまざまな行為について、その都度、父母の同意が必要になりますが、「監護及び教育に関する日常の行為」は、共同親権下であっても一方の親権者が単独で行えるとされます。たとえば、子どもが風邪を引いたので学校を休ませる、おやつに子どもが好きな◯◯を買い与える、といったことは、それぞれの親権者が単独で行えることです。
また、子の利益のため急迫の事情があるときも、一方の親権者が単独で行えるとされています。法制審議会家族法制部会の資料では、入学試験の結果発表後の入学手続のように一定の期限までに親権を行うことが必須であるような場面や、DVや虐待からの避難が必要である場面が例示されています。
つまり、「監護及び教育に関する日常の行為」や「子の利益のため急迫の事情があるとき」を除き、進学、医療、居住場所などの重要な事項については、共同親権者である父母双方の合意が必要となります。
Q8: 妻(夫)が子どもとの面会交流の約束を守らない場合、どうすればよいのですか?
共同監護計画で面会交流の時間や頻度、方法などを定めており、それが守られない状況であれば、家庭裁判所に履行勧告を母(父)に出させることができます。
また、改正前の現在であっても、書面で定めておらず、口約束などの場合でも民法上の契約として成立します。このことを理由に、相手方に対して地方裁判所に損害賠償を請求できます。実際に損害賠償が発生するかどうかはともかく、このような対応をすることで、安定的な面会交流ができるようになったケースもあるようです。
Q9: 面会交流養育費計画とは何ですか?
子どもの利益の観点から、離婚後も離れて暮らす親と子との間で適切な面会交流が行われることや、相当額の養育費が継続して支払われることが重要です。そのためには、離婚をするときに、これらについてあらかじめ取り決めをしておく必要があります。
面会交流や養育費の分担については、改正前の民法でも「監護について必要な事項」として明文化され、父母間でその取り決めをすることが促されていましたが、義務付けるまでには至っていませんでした。このため、面会交流がきちんと履行されなかったり、養育費が支払われなかったりと、実質的な効力が疑問視されていました。
実際に、厚生労働省の「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」によると、養育費の取り決め状況は、「取り決めをしている」が母子世帯で46.7%、父子世帯で 28.3%となっています。離婚した父親からの養育費の受給状況は、「現在も受けている」が28.1%で、平均月額(養育費の額が決まっている世帯)は 50,485円、一方、離婚した母親からは、「現在も受けている」が8.7%で、平均月額(同)は26,992円となっています。
参考:厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査の結果を公表します」(PDF)
面会交流養育費計画とは、文字どおり、親子の面会交流の実施と養育費の支払いに関する計画を記すものです。親権喪失の日または法務省令で定める日(親権を辞任した場合のその届け出の日や、未成年の母が生んだ子を父が認知し、その届け出をした日など)のいずれか早い日から3か月以内に、家庭裁判所に届け出ることが義務付けられます。
すでに説明した、離婚に向けて作成する「共同監護計画」(または、子どものいる夫婦が別居をする際に作成する「暫定共同監護計画」)は、父母が共同親権を得ることを前提しますに。対して、面会交流養育費計画は、単独親権を選択する場合や父母の一方または双方が親権を喪失・停止・放棄した場合に作成するものであり、単独親権を前提にします。
つまり、離婚後に共同親権を行使するためには「共同監護計画」が、単独親権を行使するため(または、共同親権から単独親権に変更した場合)には「面会交流養育費計画」が必要、ということです。
Q10: 法定養育費制度とは何ですか?
現在は離婚後に父母間の取り決めや家庭裁判所の調停・審判がないと要求できない養育費について、改正案では取り決めがなくても親権者が非親権者に最低限の養育費を請求できる「法定養育費制度」が導入されました。
これは、父母が親権の権利を行使する資格を剥奪されることをもって、養育費の義務まで免除されるべきではなく、また、子の利益の観点から、親権を行使していない父母に対しても、養育費の支払いを義務付けるという考えにもとづきます。
面会交流養育費計画の中に面会交流と養育費について記載することで、子どもは親権のない父母と定期的に面会することが保障されるとともに、養育費の支払いも保障されることになります。これにより、養育費の支払い率が低くとどまっている状況の改善が期待されます。
まとめ
以上、共同親権に関するさまざま疑問を、10個のQ&Aを通して解説しました。
共同親権に関する民法改正案は、北村晴男弁護士(民間法制審家族法制部会長)らが中心となって推進したとされます。ただし、選択的共同親権になった点には大いに不満があるようで、2024年4月3日の衆議院法務委員会で、参考人として次のように述べています。
わが国の離婚後単独親権制度は親子を不幸のどん底に突き落とす悪法だ。共同親権にするべきだが、今回の改正案は骨抜きだ。父母の一方が他の一方から暴力を受ける恐れがあるとき、裁判所は単独親権とせよという規定があるからだ。これは単独親権誘導条項とも言うべきものだ。離婚する夫婦がこどもの養育に関する取り決め(共同監護計画)を作成し、離婚届に添付することを義務付ける、これが真にこどもの利益を第一に置いた共同親権の肝だ。改正案にこの条項はない。痛恨の極みだ。私は当初、親権の問題と共同監護の問題は別だと考えていたが、親権があってこそ離婚後も親子が会える実態がある。
出典:福祉新聞「共同親権『多様性に対応した』大村部会長ら衆院で陳述」
筆者個人は、選択制ながら「共同親権」という制度を導入することは、非常に大きな一歩だと考えます。国際的な観点だけでなく、養育費の支払い率が低いという事実があり、特に母親が親権者となっている「ひとり親家庭」で貧困に苦しんでいる人が多く存在している状況を、できるだけ改善する必要があります。
そして何より、「子どもの利益が最優先」ということを明文化したことの意義は大きいはずです。
離婚は親の勝手でなされます。よくいわれるように、子どもは親を選べません。北村晴男弁護士の意見は理解できますが、単独親権であれ共同親権であれ、子ども利益を最優先に考え、成人(18歳以上)になるまで親の義務をきちんと果たすことを法制化したことは、日本という社会を少しでもよくする力になると思っています。