令和4年(2022年)10月1日に、改正「プロバイダ責任制限法」が施行されました。なお、プロバイダ責任制限法の正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」です。
今回の改正の目的は、インターネット上の誹謗中傷などによる権利侵害について、より円滑に被害者救済を図るため、発信者情報開示について新たな裁判手続(非訟手続)を創設することが中心です。
非訟手続とは、訴訟手続に比べて手続が簡易であり、裁判所の裁量権行使の範囲が広いという特徴があります。各法律で非訟手続となる事件が定められています。具体的には、信託管理人の改任、供託物保管者の選任、後見開始の審判、失踪宣告、子の氏の変更の許可、養子縁組の許可、未成年後見人の選任などが該当します。
また、本法における「プロバイダ」とは、
- アクセスプロバイダ(権利侵害情報に係る通信を媒介する通信事業者)
- コンテンツプロバイダ(権利侵害情報が書き込まれる掲示板・SNSなどのユーザー投稿型サービスを提供する事業者)
を指します。
それでは、改正法の経緯と2つのポイントについて解説します。
改正「プロバイダ責任制限法」の経緯
まず、旧「プロバイダ責任制限法」が制定されたのは、平成13年(2001年)11月です(施行は翌年5月)。1990年代半ばからパソコンやインターネットが普及するに伴い、電子掲示板などへの匿名での投稿によって行われる誹謗中傷が社会問題になったことが背景にあります。
誹謗中傷が含まれる投稿について、サービス提供者であるプロバイダ(コンテンツプロバイダ)は、
- 他人の権利を侵害する情報を放置した責任
→ 権利を侵害されたとする者から損害賠償請求を受ける可能性 - 実際は権利を侵害していない情報を削除した場合の責任
→ 発信者から損害賠償請求を受ける可能性
の間で板挟みになります。
旧法は、これら「被害者救済」と「表現の自由」のバランスに配慮しつつ、プロバイダが適切な対応を行えるようにすること、プロバイダの損害賠償責任を制限すること、他者を誹謗中傷するような表現を行った発信者の情報(住所、氏名、電話番号など)の開示をプロバイダに対して請求できるようにすること(発信者情報開示請求)などを目的に制定されました。
しかし、旧法の制定後、SNSやクチコミサイトが普及するなど、消費者のコミュニケーションプラットフォームは広がりを見せることになり、旧法の情報開示請求制度への課題が指摘されるようになりました。
そこで、改正法では、
- 新たな裁判手続(非訟手続)の創設
- 開示請求を行える範囲の見直し
が行われました。
なお、発信者情報開示請求の要件は、
- 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき
- 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき
の2つであり、これらは新法にも引き継がれています。
ポイント1:新たな裁判手続(非訟手続)の創設
SNSなどで誹謗中傷された場合、旧法では発信者(投稿者)の特定のために2回の裁判手続が必要でした。具体的には、コンテンツプロバイダへの仮処分の申立てと、アクセスプロバイダへの訴訟提起の2回です。また、特定後の損害賠償請求などの裁判手続も含めると、被害者が加害者に損害賠償請求するには、合計で3回の裁判手続が必要でした。
被害者にとっては裁判手続に多くの時間とコストがかかること、開示請求に時間がかかっているうちにログの消去などで発信者の特定が困難になってしまうケースがあることが大きな課題でした。特に、海外のプロバイダを相手に開示請求をした場合は、いっそう多くの時間がかかり、その間にIPアドレスの保存期間が過ぎてしまい、発信者の特定が困難になるケースもありました。
そこで改正法では、発信者情報の開示手続を簡易かつ迅速に行うことができるように、発信者情報の開示請求を1つの手続で行うことを可能にする、新たな裁判手続(非訟手続)が創設されました。
具体的には、
- 裁判所に、コンテンツプロバイダに対する発信者情報開示命令の申立てを行う(第8条)
- 1にともない、コンテンツプロバイダに対する提供命令の申立てを行い、コンテンツプロバイダが有するアクセスプロバイダの名称の提供を求める(第15条1項1号)
- 2で得たアクセスプロバイダの情報をもとに、アクセスプロバイダに対する発信者情報開示命令の申立てを行い、これをコンテンツプロバイダへ通知する
→ コンテンツプロバイダが、アクセスプロバイダに対して、自身が有する発信者情報を提供する(第15条1項2号) - 開示命令の申立てが認められると、コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダから情報が開示される(IPアドレス、発信者の氏名・住所など)
また、これらの手続きの際、1と3の開示命令の申立てとあわせて、消去禁止命令の申立てを行い(第16条1項)、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダに対して発信者情報を消去することを禁止する命令を出してもらうことができます。
改正によって新たな開示請求手続が新設されましたが、現行の開示請求手続も併存するため、どちらの手続も選択できます(第5条)。また、現行の開示請求手続、新たな開示請求手続のどちらであっても、開示請求を受けた事業者が発信者に対して行う意見照会にあたって、発信者が開示に応じない場合には、その理由も併せて照会できるようになりました(第6条1項)。
ポイント2:開示請求を行える範囲の見直し
旧法の開示請求範囲は「権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう)」とされていました。
具体的には、総務省令の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令」で、発信者情報が次のように定められています。
- 発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名・名称
- 発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所
- 発信者の電話番号
- 発信者の電子メールアドレス
- 侵害情報に係るIPアドレスおよび当該IPアドレスと組み合わされたポート番号
- 侵害情報に係る携帯電話端末またはPHS端末からのインターネット接続サービス利用者識別符号
- 侵害情報に係るSIMカード識別番号のうち、当該サービスにより送信されたもの
- 5のIPアドレスにより割り当てられた電気通信設備、6の携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別符号に係る携帯電話端末等、または、7のSIMカード識別番号に係る携帯電話端末等から開示関係役務提供者の用いる特定電気通信設備に侵害情報が送信された年月日および時刻
一方、改正法では、ログイン時情報(特定発信者情報)も開示対象となりました。これによって、ログイン時のIPアドレスなどからログインのための通信経路をたどって発信者を特定することが期待できます。
ただし、開示範囲を広げすぎると、通信の秘密やプライバシー侵害の恐れが出るため、ログイン時情報を開示請求するための要件が付加され、開示請求できる場合が限定されています(第5条1項3号)。
具体的には、
- 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき
- 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき
⑴ 当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名および住所
⑵ 当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報 - 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき
の3つです。
まとめ
以上、改正「プロバイダ責任制限法」の経緯と2つのポイントを解説しました。
2020年に、女子プロレスラーの木村花さんがテレビ番組での発言をきっかけにSNS上で誹謗中傷を受け、自殺に追い込まれた事件を覚えている方もいるでしょう。ほかにも、Twitterなどを中心に炎上事件が後を立たないのは、みなさんもご存知のとおりです。
また、筆者が要注意だと考えるのは、Google マップです。たとえば、歯科医院が悪質なコメントや評価に苦しめられており、何とかできないかと相談されたことがあります。風評被害というかたちで実害が出る可能性もあることから、著しく悪質なケースには毅然として対応すること、今回の改正法でより簡易になった発信者情報開示請求を検討することが大切です。
ただし、「より簡易になった」といっても、法務部などがある大企業でない限り、個人や小規模事業者が請求手続を進めるのはむずかしいため、弁護士への相談が必要となるでしょう。
今後、発信者情報開示請求の事例が増えていくと思いますので、みなさんもニュースや報道をぜひウォッチされてください。