職場や教育現場において、労働者、教職員、幼児・児童・生徒・学生などの生命・身体の安全を確保するように配慮する義務のこと。
安全配慮義務が社会的に認識されたのは、昭和50年(1975年)の陸上自衛隊事件に対する最高裁判所の判決がきっかけとされる。整備中の自動車の車両にひかれて死亡した陸上自衛隊員の遺族が原告となり、昭和44年(1969年)10月に自動車損害賠償保障法(自賠法)第3条に基づいて国を訴えた結果、最高裁が「安全配慮義務は、当該法律関係の付随義務として、一般的に認められるべきものである」との判決を示した事例である。
この判決で、最高裁は「安全配慮義務」を「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」とした上で、これを「一般的に認められるべきもの」とし、法律関係(雇用関係など)にもとづく特別な社会関係があれば、民間の領域でも公務員関係の領域でもこの義務が成立するとした。
また、この陸上自衛隊事件や、昭和58年(1983年)の川義事件(宿直勤務中の社員が窃盗目的で来訪した元同僚に殺害された事例)の判決を受けて、平成20年(2008年)施行の労働契約法(第5条、後述参照)で職場における安全配慮義務が明文化された、という経緯がある。
安全配慮に関する法律
安全配慮には次のような法律が関連している。
安全に関する基本規定
国民の安全に関する基本規定として、日本国憲法では次のように定められている。
日本国憲法 第13条(個人の尊重と幸福追求権)
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
職場における安全配慮義務
職場における安全配慮義務と損害賠償に関する法律は、次のものが代表的である。
労働契約法 第5条(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
民法 第715条 (使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
民法 第709条 (不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法 第415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
国家賠償法 第1条(公務員の不法行為と賠償責任、求償権)
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
教育現場における安全配慮義務
教育現場における安全配慮義務に関する法律は、次のものが代表的である。
学校教育法 第21条
学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
8 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律 第23条 (教育委員会の職務権限)
9 校長、教員その他の教育関係職員並びに生徒、児童及び幼児の保健、安全、厚生及び福利に関すること。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律 第48条 (文部科学大臣又は都道府県教育委員会の指導・助言及び援助)
3 学校における保健及び安全並びに学校給食に関し、指導及び助言を与えること。
また、次のような最高裁判例もある。
最高裁判所 昭和62年(1987年)2月6日判決
学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、危険を伴う技術を指導するには、事故の発生を防止するために十分な措置を講ずるべき注意義務がある。