2022年4月から、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)にもとづき、中小企業でもパワーハラスメント防止対策が義務化されます。
具体的には、次のような対策が求められます。
- 相談窓口の設置
- ハラスメントに対する企業のスタンスや方針の明確化
- 就業規則内や社内規定でのハラスメントの取り扱いの明記
- 全社員への周知
さて、あなたは「ハラスメント防止に一番大切な考え方とは?」と尋ねられたら、あなたは何と答えますか?
パワハラ(パワーハラスメント)やセクハラ(セクシャルハラスメント)が発生する背景には、加害者が「相手が不快に感じること」に無自覚な場合も多く、ただ禁止事項や事例を共有するだけの社員研修・スタッフ研修を行ったところで「自分には関係ない」と捉えられがちです。
また、働き方もジェンダーも多様に広がりつつある昨今では、前例にないことがどんどん起こるでしょう。さまざまなケースに対応できる根本的な視点の確立や意識改革が必要になってくるのです。
このような時代背景から、対話型で研修を行う「リスペクトトレーニング」が注目を集めています。
ハラスメント防止対策に役立てていただくために、リスペクトトレーニングがなぜ注目されているのか、従来の研修とはどこが違うのかなどを紹介します。
全世界のNetflixの撮影現場で導入へ
「安心安全な職場環境がよい作品を作る」
2017年にアメリカの女優のアリッサ・ミラノさんから発信された#MeToo運動をきっかけに、世界中の女優・俳優からも続々と声があがり、芸能界のハラスメント事情が世の中に広く知られるようになりました。
テレビや映画といった映像業界では上下関係が厳しく、緊張感の高い現場で長時間労働を強いられることから、昔からハラスメントが多いといわれています。
「環境を改善し、キャスト・スタッフ全員が働きやすく、安心安全な職場環境を作ることでいい作品が生まれる」という考え方の下、アメリカのNetflixの現場から、全世界のNetflix撮影現場へと広がったのがリスペクトトレーニングです。
また、2022年のNHK大河ドラマの撮影現場でも取り入れられ、「みんなのアイデアやクリエイティビティーがストレートに出せ、誰もが嫌な思いをしないで伸び伸び働ける現場に」との声があがっていました。
参考:GLOBIS知見録「フラットに話し合う体験が職場を変える―リスペクト・トレーニング」
参考:スポニチ「『鎌倉殿の13人』ハラスメント防止講習会『リスペクト・トレーニング』大河初導入『居心地いい現場に』」
リスペクト=尊敬だけではない。
他者の価値認めることがハラスメント防止の本質
日本でも耳にする機会が増えた「リスペクト(respect)」ですが、真っ先に浮かびがちな「尊敬」という意味のほかにも、大切にされている意味があるようです。
ロングマン現代英英辞典では、次のように説明されています。
the belief that something or someone is important and should not be harmed, treated rudely etc
また、英語圏であるニュージーランドを拠点に活動し、ネイティブの生きた英語を紹介している日刊英語ライフで、「respect」の意味がとてもわかりやすく紹介されていたので引用します。
何か(誰か)は価値のあるものであって、傷つけられたり無礼に扱われたりされるべきではない、と信じることですね。
大雑把に言ってしまうと、何か(もしくは誰か)そのものを価値のあるものだと認めて大切にしましょう、という考えではないか私は思っています。
軽んじたり無視したり、バカにしたり、ぞんざいに扱うべきではないという考えとも言えるかもしれません。
日本語ではいろんな言い方があると思いますが「尊敬」ではなく「尊重(する)、敬意(を払う)、大切にする」といった感じのニュアンスになるかと思います。
出典:日刊英語ライフ「“respect(リスペクト)” の本当の意味」
尊敬している相手にわざわざ失礼な態度をとる人はいないはずです。相手から嫌われないように慎重にコミュニケーションをする方がほとんどでしょう。
そういった意味で「リスペクト」をもって接することもハラスメント防止の一助にはなりますが、さらに「尊重(する)、敬意(を払う)、大切にする」まで踏み込むことで、不快に感じている誰か、被害にあっている誰かにも気づきやすくなり、本質的にハラスメントが抑止されるような環境づくりができるようになると思います。
コミュニケーション不足が生むハラスメント
「あの上司、叱るときだけ声をかけてくる」
パワーハラスメントの起こりやすい職場の共通の特徴として「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」が一番に挙げられるようです(複数回答可)。
1 | 上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない | 37.3% |
2 | 残業が多い/休暇を取りづらい | 30.7% |
3 | 業績が低下している/低調である | 28.6% |
4 | 従業員の年代に偏りがある | 27.2% |
5 | 失敗が許されない/失敗への許容度が低い | 23.7% |
出典:令和2年度 厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」(PDF)
それもそのはず。「上司からの指導」というシチュエーションでも、日ごろからコミュニケーションをしている相手であれば、伝え方も受け取り方も違ってくるはずです。
もちろん、ここで安易に「コミニュケーションかぁ、最近は飲み会もできていないし……」なんて考えるのは黄色信号です。「上司の誘いだから断りにくい」と、飲みニケーションはスタートラインからマイナスになることもあるので注意しましょう。
気心のしれない相手と突然「飲み会」や「雑談をしましょう」という機会があったとしても、なかなか腹を割って話すのは難しいでしょう。また、上司と部下との飲みニケーションは、あまり歓迎されない風潮もあります。
対話式トレーニングの有効性
「相手を知り、自分を知ってもらう」
ハラスメント防止策としてコミュニケーションを増やすことが目的であれば、相手がどのような性格で、どのような話題や言動で不快に感じるかを相互理解することがひとつの方法ですが、通常は時間を要します。
リスペクトトレーニングは、「このケースはハラスメントだ」と白黒をつけることではなく、ハラスメントが発生しそうなシチュエーションに対し、感じ方や対応について意見を共有します。相互理解のためのコミュニケーショントレーニングの時間ともいえます。
「上の立場の人が『仕事の後飲みにいかない?』と誘う。断ると『断るの? 君の仕事なくなるよ』と言われる。こんなケースについてどう思いますか? チャットに書いてください」
講師が柔らかく問いかける。
「ハラスメントだと思います。側から見ていても気持ちがいいものではない。でも誘っている方は気付いていないのかもしれない」という女性からのチャットへの書き込みがある。
講師はさらに対話を促す。
「気付いてもらうには、どうアクションしますか? ハラスメントと言いにくいなら、『さっきの行動は相手に対するリスペクトがないように思います』、そう話すのはどうでしょう?」
これはNetflixのオリジナル作品に導入している「リスペクト・トレーニング」の講習だ。
出典:HUFFPOST「セクハラ、パワハラが横行する業界を変えるか? Netflixのリスペクト・トレーニング」
この例のように、その環境(Netflixの場合は撮影現場)にありがちなシチュエーションに対して、
- 誰がどう感じるのか?
- その言動に相手を尊重(リスペクト)する心があったと感じるのか?
- どのように行動すれば尊重(リスペクト)していると感じてもらえるか?
といった観点で意見を交換します。
相手の意見に対してコメントをする際に大切なのは、決して個人の考え方への批判ではなく、当事者同士のリスペクトというゴールにフォーカスすることです。たとえば、「女性が上司から二人きりでの夕食に誘われた」というケースで「問題はない」と答えた人に対して、「信じられない。何を考えているの?」と反応するのではなく、「もし女性がそれを望んでいない場合、別の方法を考えてみませんか」といったコメントをするなどです。
自分以外の考え方や感じ方を知ることは、ハラスメント加害者の「相手も問題ないと思った」といった認識の齟齬が発生しにくくなる、ハラスメント被害に遭いそうな場合に「こう立ち向かえばよかったのか」というヒントを得る、といったことにもつながります。
また、トレーニングを通じて、同じ職場(現場)で働く他者がその事象についてどう感じるのかを知れるコミュニケーションの場となると共に、「自分の行動に、相手に対するリスペクトはあったか?」を気づき、考えるトレーニングになるといいます。
リスペクトトレーニングはハラスメントに対するリテラシーの育成のほか、コミュニケーションの補完としても機能するため、社内で日ごろ顔を合わせるメンバーで行うのがよいでしょう。もちろん、社員研修などでグループワークに取り入れるのもよい方法です。
昨今のコロナ禍の影響もあり、顔を合わせる機会が減っている職場も多い中、職場のメンバーの考えや価値観を知れる大きな助けとなるかもしれません。
単に事例や罰則を教える研修ではなく、リスペクトトレーニングを取り入れた研修を検討してみてはいかがでしょうか?
まとめ
人間心理学の生みの親といわれるマズローが提唱した人間の欲求5段階説でも、第4段階で承認欲求(尊重欲求)があげられています。
これは、「他者(自分以外の相手)から尊敬されたい・認められたい」と願う欲求を意味しますが、これがいびつに高まった状態だと、いわゆるマウントやハラスメントといった「相手を否定する・尊重しない言動」につながってしまうことがあるといわれています。
承認欲求は誰しもが抱いている欲求のため、あなたも何かのきっかけで誰かを傷つけてしまうことがあるかもしれません。
リスペクトトレーニングによって、自分が自覚なく誰かを傷つけてしまうことを防ぐのはもちろん、もし誰かに傷つけられてしまったときも、「リスペクトトレーニングで学んだことと違いますよね」と指摘することで、角を立てずに相手が気づく機会を与えることもできるでしょう。
パワハラ防止法への対応の一貫で企業研修や社員研修を行う際は、ぜひリスペクトトレーニングを取り入れてみてください。