介護現場で起こる、サービス利用者やその家族などによる介護スタッフへの嫌がらせや迷惑行為を「介護ハラスメント」といいます。
高齢化が進み、介護や介助、デイケアやホームケアの需要が高まる一方で、現場でのハラスメントが増えています。介護スタッフとして働きはじめても、ハラスメントに耐えられずに辞めてしまう人もいるそうです。
このような現状を受けて、厚生労働省が令和3年(2021年)に省令を改正し、介護保険施設や居宅サービス事業者は、サービスの提供を確保する観点から「職場において行われる性的な言動又は優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、職員の「就業環境が害されることを防止するための方針の明確化等の必要な措置」を講じることが義務化されました(「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」第30条、第53条の2)。
これにあわせて、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」や「研修の手引き」を改訂し、介護ハラスメントをこれまで以上に防止するための指針を示しています。
それでは、介護ハラスメントに関する基礎知識と対策について解説します。
介護ハラスメントは、なぜ起こるのか?
介護サービスの利用者は、高齢者や体が不自由な方が多く、認知症を発症している人も少なくありません。認知症によって脳の機能が低下し、感情のコントロールがうまくできないことがあります。
また、体に不自由があるので介護を受けている状況を正確に理解できない人もおり、「嫌なことを無理強いされている」と勘違いし、抵抗を示すだけでなく、暴言や暴力にまでいたってしまうことがあります。
特に、認知症の中でもレビー小体型認知症(認知症全体の約5%)の場合は、幻覚(幻視)、幻視、錯視、妄想などが起こりやすくなります。これらの症状で錯乱状態に陥り、結果として乱暴な態度にいたってしまう可能性があります。
利用者は体が年々衰え、できないことが増えていきます。それに対する焦りや不安、恐怖を感じ、その気持ちを解消できずに心が不安定になり、介護スタッフへのハラスメントとして現れることもあります。特に排せつや入浴の介助は、高齢者にとって不快感や苦痛を伴う場合があり、拒絶したい気持ちからハラスメントにいたってしまうことがあります。
もちろん、上記のような利用者に起因するもののほか、施設・事業所やスタッフによるサービスの提供範囲に関する説明が不足していたり、利用者や家族からの意見や要望への対応が不適切だったり、スタッフが利用者や家族の気持ちを汲み取れなかったり、といった原因もありえます。
介護現場の3つのハラスメントと例
介護現場で起こるハラスメントは、身体的暴力、精神的暴力、セクシュアルハラスメントの3つに大別できます。
1. 身体的暴力
介護スタッフに身体的な力を使って嫌がらせをしたり、危害を与えたりする行為。次のような行為が該当します。
- コップを投げる
- 蹴る
- 手を強く払いのける
- たたく、ひっかく、つねる
- 首を絞める
- 唾を吐く
- 服を引きちぎる
2. 精神的暴力
介護スタッフの尊厳や人格を心ない言動や態度によって心を傷つけたり、見下したりする行為。次のような行為が該当します。
- 怒鳴る、大声を発する
- 威圧的な態度で文句を言う
- 刃物を胸元からちらつかせる
- 気に入っている介護スタッフ以外に嫌がらせや批判的な言動をする
- 理不尽なサービスを要求する
- 利用者の家族が「自分の食事も一緒に作れ」と強要する
- 家族が利用者の発言を鵜呑みにし、文句を言う
- サービスとは関係のない場所の掃除を強要する
- 利用料金の支払いの際、床にお金を投げ捨て、拾って受け取るように求める
セクシャルハラスメント
介護スタッフへの性的な誘いかけや要求、意図しない身体への接触など、性的な嫌がらせをする行為。次のような行為が該当します。
- 必要もなく手や腕をさわる
- 抱きしめる
- 介助中にお尻や胸を触る
- 女性のヌード写真・アダルト動画を無理やり見せる
- 入浴介助中にあからさまに性的な話をする
- 卑猥な言動を繰り返す
- サービス提供と無関係に下半身を丸出しにする
- 性的行為を求めてくる
データで見る介護ハラスメント
厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を元に、介護ハラスメントに関するデータを見てみましょう。
出典:厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」(PDF)
介護ハラスメントを受けた割合
まず、ハラスメントを受けたことのある職員の割合です。「利用者から」と「家族から」のデータがまとめられています(平成30年、有効回答数10,112件)。
利用者から
サービス種別 | これまで | この1年間 (平成30年) |
---|---|---|
訪問介護 | 50% | 33% |
訪問看護 | 56% | 37% |
訪問リハビリテーション | 39% | 25% |
通所介護 | 46% | 36% |
特定施設入居者生活介護 | 60% | 48% |
居宅介護支援 | 46% | 23% |
介護老人福祉施設 | 71% | 62% |
認知症対応型通所介護 | 64% | 55% |
小規模多機能型居宅介護 | 55% | 41% |
定期巡回・随時対応型訪問介護看護 | 61% | 45% |
看護小規模多機能型居宅介護 | 58% | 46% |
地域密着型通所介護 | 43% | 31% |
家族から
サービス種別 | これまで | この1年間 (平成30年) |
---|---|---|
訪問介護 | 17% | 8% |
訪問看護 | 26% | 13% |
訪問リハビリテーション | 13% | 5% |
通所介護 | 12% | 5% |
特定施設入居者生活介護 | 18% | 10% |
居宅介護支援 | 30% | 11% |
介護老人福祉施設 | 18% | 10% |
認知症対応型通所介護 | 14% | 7% |
小規模多機能型居宅介護 | 22% | 8% |
定期巡回・随時対応型訪問介護看護 | 27% | 14% |
看護小規模多機能型居宅介護 | 20% | 11% |
地域密着型通所介護 | 9% | 4% |
以上、サービス種別によって違いはありますが、これまでハラスメントを受けた経験がある人は、「利用者から」では4~7割、「家族から」では1〜3割となっています。
介護ハラスメントの内容の割合
次に、職員がこの1年間で利用者からハラスメントを受けた内容の割合です(平成30年、複数回答可、有効回答数3,113件)。
サービス種別 | 身体的暴力 | 精神的暴力 | セクシャルハラスメント | その他 | 該当者数 |
---|---|---|---|---|---|
訪問介護 | 41.8% | 81.0% | 36.8% | 3.2% | 840人 |
訪問看護 | 45.4% | 61.8% | 53.4% | 3.4% | 262人 |
訪問リハビリテーション | 51.8% | 59.9% | 40.1% | 4.5% | 222人 |
通所介護 | 67.9% | 73.4% | 49.4% | 1.7% | 237人 |
特定施設入居者生活介護 | 81.9% | 76.1% | 35.6% | 3.4% | 326人 |
居宅介護支援 | 41.0% | 73.7% | 36.9% | 4.1% | 217人 |
介護老人福祉施設 | 90.3% | 70.6% | 30.2% | 2.2% | 629人 |
認知症対応型通所介護 | 86.8% | 73.7% | 33.3% | 1.8% | 114人 |
小規模多機能型居宅介護 | 74.7% | 71.9% | 32.9% | 2.7% | 146人 |
定期巡回・随時対応型訪問介護看護 | 59.7% | 72.0% | 37.1% | 4.8% | 186人 |
看護小規模多機能型居宅介護 | 72.6% | 71.8% | 31.1% | 3.7% | 241人 |
地域密着型通所介護 | 58.4% | 70.1% | 48.0% | 2.8% | 358人 |
※ ■はサービス種別の上位1位
上記のデータから、
- 訪問介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護、居宅介護支援等では「精神的暴力」が最も多い(訪問系サービスは「精神的暴力」の割合が高い傾向がある)
- 特定施設入居者生活介護、介護老人福祉施設、認知症対応型通所介護、小規模多機能型居宅介護、看護小規模多機能型居宅介護では、「身体的暴力」が最も多い
- 入所・入居施設は「身体的暴力」および「精神的暴力」のいずれも高い傾向がある
- セクシャルハラスメントは訪問看護、通所介護、地域密着型通所介護、訪問リハビリテーションの順で高く、4割を超えている
ということが読み取れます。
介護ハラスメントへの対策は?
介護ハラスメントを受けた際、先輩や上司、事業所や施設の責任者などに相談しても「聞き流していればいい」「我慢していればおさまるよ」「慣れれば大丈夫」「うまくあしらってこそプロなんだよ」といったアドバイスが返ってくるかもしれません。
しかし、社会として大切な「介護」という役割を担っているのに、「辞めたい」と思い詰めている人も少なくないのが実情です。
介護スタッフが自分でできるハラスメント対策としては、次のようなものがあります。ぜひ責任者や同僚などに相談し、意識合わせをした上で、日々のサービス提供に生かしましょう。
1. 我慢をしすぎない
ハラスメントを止めるには、介護スタッフが「我慢をしすぎない」ことです。
もちろん、多少のハラスメントにも腹を立てていては、仕事を続けていけません。しかし、ずっと耐えていると、利用者や家族のハラスメントはますますエスカレートするかもしれません。また、ハラスメントが当然という雰囲気が生まれてしまったり、決定的な事件・事故などが起こってから、はじめてハラスメントの実態が明らかになったりと、かえって事の重大さが増してしまう恐れがあります。
したがって、ハラスメントを受け続けた際は、我慢したり適当に受け流したりせずに「止めてください」と伝えることが大切です。
それでも止めてもらえない場合は当然、上司や責任者に相談をしましょう。もし真面目に取り合ってくれないなら、自治体の相談窓口や労働基準監督署に相談する方法もあります。
2. コミュニケーションを見直す
利用者は日によって体調が異なります。体に不快感や痛みを感じており、それをうまく伝えられないもどかしさから、乱暴な態度になることがあります。ハラスメントを受けたときは、まずは利用者の体調を冷静に確認しましょう。
また、以前のサービスの中で、利用者の尊厳を傷つけるような言動をしたことから、不満や不信感を抱いていることが原因かもしれません。「何か失礼な態度はありましたか」と聞いてみるとよいでしょう。利用者の家族についても同様です。
介護スタッフと利用者・家族との間に、サービス内容の認識が一致していない可能性もあります。長期的な付き合いの場合は特に、「ここまではできる」「ここからはできない」という線引きがあいまいになりがちです。さらに、利用者・家族と個人的なことにまで話が及び、生年月日や電話番号、住所、メールアドレスなどを教えてほしいと要望されるケースもあります。サービスの提供範囲の認識を一致させること、ていねいに説明することが大切であるのはもちろん、個人情報については「事業所や施設のルールなので、教えられません」と答えるようにしましょう。
なお、厚生労働省が公開しているYouTube動画「介護現場におけるハラスメントに関する職員研修」では、介護ハラスメントを防止するための13のチェック項目が解説されています。ぜひ参考にしてみてください。
3. 事業所・施設へのフィードバック
省令改正によって、事業所や施設(事業者)によるハラスメント防止の体制整備が義務づけられましたが、介護スタッフの経験をもとに基本方針やマニュアルをブラッシュアップし続けることが大切です。
また、実際に起こったハラスメント事例をスタッフ内で共有し、適切な対応について検討したり、必要なものをマニュアルに取り入れたりといったことが、ハラスメントの回避や防止につながるはずです。
まとめ
以上、介護ハラスメントについて解説しました。
介護現場では身体的な接触を伴うことが多く、実際に自分が受けている言動がハラスメントに当たるのかどうかを判断するのが難しいケースもあるでしょう。
もし「ハラスメントかな?」と思ったら、ひとりで抱え込まずに上司や責任者に相談しましょう。ハラスメントに対して個人だけでなく組織として適切に対応することが、問題解決には不可欠です。場合によっては、担当を変えてもらうなどの判断も必要でしょう。
個人・組織として困難を乗り越えた分だけ、よりよいサービス提供ができるようになるはずです。社会にとって大切な仕事である介護の現場から、ハラスメントができるだけ少なくことを願っています。