自分が上司だとして、部下に「そんなことじゃクビだよ」と発言したとします。これはパワハラ(パワーハラスメント)に当たるでしょうか。
2020年6月から施行されるパワハラ防止法(労働施策総合推進法の一部改正)では、パワハラを「優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要な範囲を超えたもので、労働者の就業環境が害されること」と定義しています。
また、厚生労働省では、パワハラに該当する行為として「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」の6つの類型を示しています。
したがって、「そんなことじゃクビだよ」という発言だけではパワハラかどうかはわからない、ということになるでしょう。しかし、部下に対してたびたびこのような発言をし、苦痛に感じた部下からボイスレコーダーで録音した音声データを突きつけられ、「パワハラで訴える」といわれたときはどうでしょうか。
以下、自分がパワハラを問われる立場になったときの対応策について、詳しく解説します。
パワハラの訴え、現実的な対応策は3つ
1. 話し合いをする
そのつもりがなくても、自分の発言によって相手が傷ついた(傷ついている)こと、精神的苦痛を感じた(感じている)ことは確かです。まずはそのことを素直に認め、謝罪をすることが、解決への近道です。
もちろん、言いたいことはあるでしょう。相手にまったく責任がないわけではなく、自分が行った度重なる発言にはそれ相応の理由があるかもしれません。しかし、伝え方や言葉づかいに自省する点はあるはずです。
もし納得できない部分があれば正直に話し、今後の改善を求めることも考えられます。ただし、相手を傷つける発言をしたことへの謝罪がなければ、そもそも聞く耳をもってくれないのではないでしょうか。
謝罪や話し合いによって相手が矛(ほこ)を収めてくれれば、互いの仕事や人間関係への影響は最小限になります。こじれてしまった関係はそう簡単には修復できないとしても、当人同士の問題として済みます。
なお、金品を渡すのはもってのほかです。相手の納得が得られなかった場合、会社の人事部や取締役会で処分が検討されたり、最悪の場合、労働審判や裁判になる可能性があります。その際、金品を渡した行為が、自分の落ち度を認めたこと、隠蔽工作を行ったこととして問われるかもしれないからです。
話し合いなしに、会社に報告するのは適切か?
特に弁護士の意見として、当事者間での解決をはかるのではなく「会社への報告が最優先」というものがあります。たしかに、相手が話し合いにまったく応じない場合や性格的に難がある場合は、当人同士での解決はむずかしく、会社に報告するのが適しているでしょう。
しかし、もし考え方に行き違いがあり、それがエスカレートしまっただけであれば、話し合いによって解決する可能性もあるはずです。もし解決にいたらなかった場合には、次に説明する「上の立場の人に相談する」や「会社の人事部に相談する」という選択もできます。
言い過ぎかもしれませんが、弁護士の「会社への報告が最優先」という意見は、法務相談の需要増加を目的としたポジショントークかもしれません。
2. 上の立場の人に相談する
職場のトラブルは、まず上の立場の人(上長や部門長、担当役員など)に相談するのが基本です。
相談の結果、当人同士の話し合いを奨められたり、会社の人事部への相談を提案されたりするかもしれません。その人が解決に向けてうまく立ち回ってくれる可能性もあります。
むしろ、上の立場の人に相談する前に、会社の人事部に直接相談することは、その人の顔を潰すことにもなります。管理責任が問われる場合もあるでしょう。
結果として会社の人事部に相談することになるとしても、上の立場の人に一度相談しておくことが大切です。
3. 会社の人事部に相談する
もし謝罪や話し合いで解決しない場合や、上の立場の人から奨められた場合は、会社の人事部(もし設けられている場合はパワハラ対策室やコンプライアンス窓口など)に相談しましょう。
部下とのトラブルを報告することは、自分の考えをいち早く伝えること、会社からの信頼を得ることにつながります。解決に向けて会社の協力を受ける際、信頼関係は非常に重要です。
企業のパワハラ対策は、たとえば次のような流れで進みます。
- 相談受付
- 事実関係の確認
- 処分の検討と実施
- 当事者へのフォロー
- 再発防止策の検討
事実関係の確認では、当事者だけでなく、同僚や上長などへのヒアリングがなされるでしょう。また、メールやメッセンジャーなどが調査対象になる可能性もあります。当然、部下が録音した音声データも提出され、調査対象になるでしょう。
ヒアリングや調査の際には、次の2点を心がけましょう。
事実誤認や意見の食い違いがあれば、きちんと反論する
部下の主張について、5W1Hの観点から事実と異なる点があるかを確認しましょう。異なる点があれば、自分の認識を(もしあれば、証拠とともに)主張します。
業務上必要な範囲であったことを主張する
業務上の指導という合理性や正当性のために、部下の仕事上の落ち度や勤務態度などに問題があったのであれば、詳しく説明しましょう。また、育成のために厳しい言葉づかいをしたのであれば、その説明も必要です。
単純な不快感や嫌悪感のあらわれではなく、業務の遂行や改善のために必要な指導や育成であった点を主張しましょう。
もしヒアリングや調査の結果、業務上必要な範囲を超えた指導や不適切な発言が指摘された場合はどうでしょうか。それが事実であるならば、素直に認めるべきです。
会社からの処分の例
パワハラを行った者に対する会社から処分には、さまざまなものがあります。次の表が参考になるでしょう。
レベル | 具体例 | 責任 |
---|---|---|
職場環境レベル | 適正な範囲の指導 | 処分なし |
「故意に無視する」「悪口をいう」「嫌みをいう」「からかう」など、職務遂行を阻害する行為全般 | 現場レベルでの注意・指導対象 | |
懲戒処分対象(戒告・譴責、減給、出勤停止、降格) | ||
不法行為レベル(民法) | 上司からの嫌がらせ目的等による強い叱責に起因して精神障害を発症するなど | 損害賠償責任 |
懲戒処分対象(減給、出勤停止、降格、諭旨解雇) | ||
犯罪行為レベル(刑法) | 「殴る」「ものを投げつける」などの暴行・傷害、「死ね」「殺すぞ」といった脅迫、侮辱、名誉毀損など | 損害賠償責任 |
刑事責任(暴行罪、傷害罪、脅迫罪等) | ||
懲戒処分(出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇) |
出典:労働問題.com の表を一部改変
適正な範囲の指導であると認められれば、通常は処分はないでしょう。一方、職務遂行の阻害、不法行為や犯罪行為に該当する行為が認められれば、相応の処分がなされます。
なお、この表にはありませんが、当事者のうちどちらか一方または双方に、担当業務の変更や配置転換(異動)が提案される場合もあるでしょう。
会社からの処分に不服がある場合
たとえば、上の表でいう「職場環境レベル」に該当するパワハラと会社から判断され、(処分としては厳しすぎると考えられる)懲戒解雇がなされたとします。
この処分に不服である場合、どうしたらよいでしょうか。主に「説明や弁明の機会を得る」と「労働審判を申し立てる」の2つの方法があります。
1. 説明や弁明の機会を得る
就業規則に処分の種類と事由が書かれているか、就業規則上の事由に該当する事実があるか、処分が重すぎないか、処分は適切に行われたかなどについて、会社側に説明を求めたり、弁明をしたりする機会を得ることができます。
特に懲戒処分は、退職金、失業保険、転職活動などの面で不利に扱われるため、客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性が求められます。もしそれらが欠けている場合は、会社側が権利を濫用したものとして、懲戒処分は無効となります(労働基準法第15条)。
しかし、処分の妥当性については、会社と本人との説明や弁明によっては決着しない可能性がありますので、次に説明する「労働審判」を視野に入れる必要があるでしょう。
なお、公務員については、行政不服審査法にもとづき、懲戒処分、分限処分、その他人事上の処分で本人が不利益であると認めるものについて、「不利益処分に関する不服申立て」を行うことができます。
2. 労働審判を申し立てる
会社からの処分の不服を、通常の裁判ではなく「労働審判」に申し立てる方法があります。労働審判は、司法制度改革の一環で2006年から導入された制度であり、解雇や給料の不払いなど、事業主と個々の労働者との間の労働関係に関するトラブル(個別労働紛争)を、その実情に即し、迅速、適正かつ実効的に解決することを目的としたものです(労働審判法第1条)。
労働審判では、労働裁判官1名と労働関係の有識者2名で構成される労働審判委員会が、トラブルを解決する手続きを行います。原則として3回以内の期日で審理し、調停による解決を試み、調停が成立しない場合には労働審判を行います。申し立てから終了までの期間は、平均して約70日前後といわれています。
審判の結果に異議申し立てがなく、双方が合意に達した場合、労働審判は裁判上の和解と同一の効力を持ちます。もし異議の申し立てがあれば、労働審判はその効力を失い、労働審判事件は通常の裁判(訴訟)に移行します。
具体的な裁判例については、あかるい職場応援団「裁判例を見てみよう」を参考にしてください。
まとめ
世の多くのパワハラが、当の本人は「そんなつもりはなかった」というケースがほとんどでしょう。パワハラを受けた側も、はじめは「今日は機嫌が悪いのかな」「たしかに自分にも落ち度があったな」と考えるかもしれません。
しかし、発言したほうは覚えていなくても、相手は発言内容やそのときの自分の感情を覚えているもの。このようなことが折り重なって、相手に「録音」という行動をとらせたのです。
パワハラ防止法の概要を知ること、不用意な発言や行動を避けることは、すべての管理者や労働者に必要な時代です(パワハラ防止法については、パワハラ防止法で何がどう変わる? 働く人の尊厳や就労環境を守る手立てとなるのかを参照)。
万が一、パワハラで訴えられる立場になった場合に、この記事が参考になれば幸いです。